SaaSビジネスを成長させる16個の主要KPIとは?
2021.02.05

SaaS業界ではもはや必須となっているKPIマネジメント。
その主要KPIについて説明します。
SaaSとは
SaaSとはクラウドサービスの一つの形態であり、「Software as a Service」のイニシャルを取った略語のことです。直訳すると「サービスとしてのソフトウェア」です。従来のソフトウェアが自分のコンピューターにインストールして作動させていたのに対し、SaaSは提供事業者のコンピューター(サーバー)にアクセスして使用します。
代表的なサービスとしては、クラウド名刺管理サービス「Sansan」、クラウド会計ソフト「freee」、業務支援サービス「楽楽精算」などが挙げられます。
SaaSのメリット
インターネット環境があればどこからでもアクセスできる
ソフトウェアはクライアントのアカウントごとに提供されているため、オフィスだけでなく、自宅や外出先からもアクセスが可能です。また、デバイスが違ってもアカウントが同じであれば、同じサービスを利用することができ、リモートワークなどの働き方にも大きな影響を与えています。
複数のチーム・複数の人数で編集や管理ができる
複数のチームや複数のユーザーで同時にデータの管理・編集ができます。ひとつのファイルを共有し、同時に管理・編集できることは、パッケージ型のソフトウェアにはない大きな特徴と言えるでしょう。
導入までのスピードが早い
ソフトを開発の場合には設計~運用テストなど多くの工数を要する一方で、SaaSは基本的に申し込み後には使用することができます。
導入コストが安い
ほとんどのビジネスモデルが月額課金型となっています。ソフトウェアの開発費用に加え、導入への準備期間も短くでき、導入コストを大きく下げることが可能です。また従業員の増減が多い場合でも、アカウントの増減だけで柔軟に対応することができます。料金を支払って買い切りで購入するパッケージ型のソフトウェアよりもコストの無駄を省くことができます。
このようなメリットが挙げられるため、2018年総務省の調べでは、企業の56.9%が一部でもクラウドサービスを利用していると回答しており、今後はリモートワークの普及も合わせさらなるニーズの拡大が予測されています。それに伴い、SaaS型システムの提供を行う企業も飛躍的に増加しており、産業として台頭してきております。
なぜSaaS業界では独自のKPIが用いられるのか
SaaS型のビジネスモデルを理解するうえで欠かせないのは、「SaaS KPI」と呼ばれる指標です。ここでは、SaaS型モデルに特有のKPIについて解説していきます。
SaaS型のビジネスモデルが売り切り型ではなく、予測性の高いストック型ビジネスであることが挙げられます。従来型の売り切り型のモデルでは、将来的に売れる確約がなく、「過去に実現した売上」で語られることが多くなります。一方、SaaSビジネスにおいては、契約が続く限りにおいては先々の収益が確約されることになるため、「その時点において、定常的な収益がどのくらいあるか」を予測しやすくなります。
また、ベンチャーキャピタル等の投資家にとってもKPIは重視している項目です。ベンチャーキャピタルが出資先を判断するときには、KPIを見て、どの程度の収益が見込めるのか、何をしたら経営加速できそうなのか判断しています。
それでは、経営レベルでSaaSビジネスのKPIを見ていく場合に、何が必要となってくるのでしょうか?ここでは、指標を「成長性」「効率性」「顧客継続性」の3つのカテゴリ分けて見ていきます。
SaaSビジネスにおける各指標について
ここからは、16個の重要指標について成長性、効率性、顧客継続性の3つに分類し、1つずつ解説していきます。

成長性の指標
MRR
MRR = Monthly Recurring Revenue
SaaS事業における月間定額収益。
年間定額のサービスを提供している場合、その額を12で割るケースが多い。企業の総売上のうち、MRRが占める割合が高ければ高いほど、毎月の安定した売上が期待できるため事業が安定しているとみることができます。そのため、一般的には将来発生する毎月のキャッシュ・フローも安定的に入ってくることが考えられるため企業価値も高くなることが期待できます。
計算式 -
目標値 500~1,000万円(シリーズAの目安)
MRRはさらに4つに分解をすることができます。
❶チャーン(Churn)
前月は有料顧客だったものの、今月は解約or無料プランとなっている場合。
❷コントラクション(Contraction)
有料プランには変わらないが、MRRが下がるケース。例えば、契約プランが10万円/月から7万円/月になる場合。この場合のコントラクションは10万-7万円=3万円になります。
❸ エクスパンション(Expantion)
アップセルにより、MRRが上がるケース。例えば、契約プランが10万円/月から13万円/月になる場合。この場合のエクスパンションは13万円/月-10万円/月=3万円になります。
❹ 新規顧客
前月は有料顧客でなかったものの、今月から優良顧客となった場合。
具体的な今月のMRRの計算方法
先月MRRが100万円、チャーンが10万円、コントラクションが3万円、エクスパンションが5万円、新規が20万円の場合
MRR=100万円-10万円-3万円+5万円+20万円=112万円となります。
MRR 成長率
MRR = Monthly Recurring Revenue
一定の期間にMRRがどれだけ成長したかを測る指標。特に、SaaSのようなストック型のビジネスにおいてはMRRの成長が事業拡大において重要視されます。また、企業価値算定ののベースともなるため、資金調達の目線からも常に意識しておく必要があります。
計算式 期末MRR÷期初MRR-1
目標値 -
ARR
ARR = Annual Recurring Revenue
年間定額収益。
月間定額収益を12倍で算出するケースが多いが、単発的なサービスやコンサルからの収益は含めません。ARRはMRRをベースに計算され、企業価値評価のベースとなるため、資金調達観点から経営レベルでは常に意識していくべきKPIとなります。
計算式 -
目標値 -
CMRR
CMRR = Commited MRR
1年契約等、長期の契約により将来的に確約されているMRRのこと。
これは、確定しているMRRと、将来的な予測に基づいたMRRなのかを明確に分けるために使われています。将来の売上達成の精度や、将来の目標達成のためには追加でどれくらいMRRを積み上げる必要があるか、を明らかにしてくれます。
計算式 -
目標値 -
Quick ratio
一定期間に失ったMRRと獲得したMRRの比率。
MRRの成長率がビジネスの量的な成長を示すものであるのに対して、Quick Ratio はビジネスの成長の質的な健全性を示すKPIです。Quick Ratioによって、ビジネスが健全かつ迅速に成長しているかどうかをみます。
計算式 (新規顧客MRR+エクスパンションMRR)÷(チャーンMRR+コントラクションMRR)
目標値 4%前後
ARPA
ARPA = average revenue per account
1アカウント当たりの平均収益を表します。
似たような指標としては、ARPU(average revenue per user)があり、こちらはアカウント数ではなく1ユーザーあたりの平均収益となります。ARPAを会社単位、ARPUをその会社の従業員単位で計測する会社もあります。ARPAとARPUを見る際は、社内で定義づけしたうえでどのように指標を用いるかの共通認識を持つようにしましょう。
計算式 MRR÷総アカウント数
目標値 -
効率性の指標
LTV
LTV = life time value / 顧客生涯価値
1人の顧客が、サービスを始めてから終わりまでの間に、サービス提供側にどれだけの利益をもたらすかを算出したものです。顧客との継続的な関係の結果によってもたらされる利益なので、CRM(Customer Relationship Management=顧客関係管理)が成功するほど大きくなると考えられています。
計算式 ARPA÷レベニューチャーンレート
目標値 -
補足
LTVの簡単な測定方法は、各顧客がすべてのアカウントで生み出した月ごとの収益を平均し、そのアカウントあたりの平均収入(ARPA)に顧客がサービスを利用した平均月数を掛けることで算出できます。
ARPAをリベニューチャーンレートで割ることで、同じ結果を得られます。LTVを改善させるためには、ARPAを上げる、つまり、アップセルやクロスセルによる利用価格の向上、または、顧客満足度の向上により解約率を減らすことが求められます。いずれにせよ、カスタマーサクセスが機能することが求められています。
CAC
CAC = 顧客獲得単価
見込顧客を獲得するためのマーケティング費用や、見込顧客を実際の顧客にするための営業部門の費用、契約後に顧客におけるシステム利用を軌道に乗せる(オンボーディング)ためのコストなどの合計を獲得顧客数で割ったもので、1顧客を獲得するためにかかったコストです。低いコストで顧客を獲得できたほうが利益は増大するため、企業はCACを下げる努力します。CACは、CPA(Cost Per Acquisition)またはCCA(Cost of Customer Acquisition)とよばれることもあります。
計算式 新規顧客獲得にかかる費用の合計(広告費+販促費+人件費等)÷新規顧客獲得数
目標値 -
ユニットエコノミクス
1顧客あたりの収益性のこと。さらにコストを投資して顧客数の増加を目指すのか、それとも収益性の改善を検討しないといけないのかといった経営判断に役立つ指標です。将来的な成長性の判断の指標ともなるため、投資家の判断材料としても使われています。SaaSビジネスを長期的に続けていくには、CACよりも多くの利益を顧客から得る必要があるため、CACは各新規顧客から得られるLTVとも密接に関係しています。
計算式 LTV÷CAC
目標値 3倍以上
CAC Payback Period
CAC Payback Period = 顧客獲得コスト回収期間
CAC(顧客獲得単価)を利益で回収するのにかかる期間のこと。簡単に言うと、顧客1社獲得するのに投資した金額を、どれくらいの期間で回収できるのかということです。期間が短いほど、セールスやマーケティングといった新規顧客獲得への投資の費用対効果が高いと言えます。キャッシュ・フローの適正化を目指す観点からも抑えておくべき指標です。
計算式 CAC÷( ARPA×売上総利益率 )
目標値 12ヶ月以内
バーンレート
1ヶ月当たりでかかるコストを表します。
スタートアップであれば、収入が安定していない中で、事業拡大に向けて多くの資金を投入していく必要があるため、基本的にバーンレートは高くなります。バーンレートは、純粋に総コストだけを見る場合(グロスバーンレート)と、総コストから収入を差し引きしたコストを見る場合(ネットバーンレート)がありますが、一般的にはネットバーンレートのことをいいます。
計算式 総コスト-収入
目標値 -
ランウェイ
SaaS業界に限らず、スタートアップでよく使われる指標です。
簡単に言うと、あと何ヶ月で会社のキャッシュが尽きるかを表し、会社の資金がなくなるまでに残された猶予期間です。資金調達をはじめとした資金繰りの把握として用いられます。
計算式 手元資金÷バーンレート
目標値 -
顧客継続性の指標
チャーンレート
SaaS型のビジネスモデルについては、いかにして解約率を下げることができるかが持続的な成長には欠かせません。
いくら営業力のある会社が新規顧客獲得を積み上げたとしても、満足できるサービスを提供できずに解約されることが多ければ、高いARR成長率を達成することはできません。
チャーンレートは、まだビジネスが始まって間もない場合にはまだあまり気にする必要はありませんが、顧客数が一定数増えた後は、解約数を減らすことの重要性は高まります。たとえば、10,000人の顧客がいて、チャーンレートが5%だとすると、10,000人×5%=500人となり、これが1年間続くとすると、500人×12ヶ月=6,000人の解約数が出ることになります。顧客数を維持するためには、6,000人の新規顧客を取ってこなければならず、これを実現することは相当ハードルが高くなってしまいます。
チャーンレートには2種類あります。
❶ カスタマーチャーンレート
顧客数ベースでの解約率を図るための指標。一定期間に解約した顧客や、有料会員から無料会員へとダウングレードした顧客の割合を表しています。
計算式 月間の総解約者数÷前月末時点での総顧客数
目標値 月間1~3%(≒年間10~30%)
❷ レベニューチャーンレート
カスタマーチャーンレートが顧客数ベースでの指標であるのに対し、レベニューチャーンレートは収益ベースで算出するチャーンレートとなっております。レベニューチャーンレートはさらに2つに分かれます。
A.グロスレベニューチャーンレート
解約やダウングレードによる損失金額で算出したチャーンレートのこと。当月に獲得した新規顧客の収益は含まれません。
B.ネットレベニューチャーンレート
契約プランのアップグレードによるMRRを反映させたチャーンレートのこと。売上の全体把握や予測を測る場合にはこの指標を用います。当月に獲得した新規顧客の収益は含まれません。
計算式 (当月のコントラクションMRR+チャーンMRR –エクスパンションMRR) ÷前月末時点でのMRR
ネガティブチャーン(Negative Churn)
ネットレベニューチャーンレートがマイナスの状態をネガティブチャーン といいます。
解約などによる収益の減少をアップセルやクロスセル等による収益が上回っている望ましい状態です。
計算式 ネットレベニューチャーンレート<0
目標値 0%未満
ネットリテンションレート(NRR)
売上継続率や、ネットレベニューリテンションレートともいいます。
既存顧客の売上が、前期間と比較してどれだけ増減したかを測ることで、翌期間の売上を推測するための指標として使われています。
計算式 (月初合計MRR+エクスパンションMRR-コントラクションMRR-チャーンMRR)÷前月末時点でのMRR目標値 100~115%(アメリカの上場SaaS企業のNRRの中央値は117%と言われています)
平均継続月数
1社当たりの平均的な継続契約期間。
解約率が高いほど、期間は短くなります。「LTV= ARPU×(平均継続月数」 とも言えます。
計算式 1÷ネットレベニューチャーンレート
目標値 -
ベンチマークとする数値について
SaaS系企業はリモートワーク化推進や、政府のDX推進を背景に、よりニーズが高まっています。アメリカでは時価総額上位100社中7社にSaaS企業がランクイン、国内においても、株式市場マザーズにおいては、時価総額の上位10社中6社がSaaS関連の企業となるなど、産業を取り巻く環境は良好といえます。上場しているSaaS系企業においては、投資家向けに各種KPIを公表しているケースも増えてきており、その数値を一定のベンチマークとするのも一つの手です。
一方で、各社の開示が進む中で、KPIを他社と単純に横比較するケースも見受けられますが、サービスの顧客対象が大企業向けなのか、中小企業向けなのか、などの違いにより絶対値の水準は異なるため、一律的に比べることは必ずしも正しいとは言えません。どちらかといえば、その企業のKPIが時系列でどのように変化をしているかなどに注目した方が、よりビジネスの動向を把握することができるはずです。
まずは上記に示した主なKPIについて、自社の実績値を算出していくことで足下数値を把握し、今後どのような成長曲線を描いていくのかに注目していくことをオススメします。
また、先人に学ぶということもあるでしょう。
ユーザベース社のCFOにモニタリングすべきKPI指標やどう伸ばしていくかなどを直接インタビューいたしました。
赤裸々に語ってくれていますのでユーザーベース社の強さの秘密を知りたい方は下記資料を参考にしてください。
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監修者
広瀬好伸
株式会社Scale Cloud 代表取締役社長
プロフィール
京都大学経済学部卒、あずさ監査法⼈にてIPO準備や銀⾏監査に従事。
起業後、公認会計⼠・税理⼠として、上場企業役員、IPO、M&A、企業再⽣、社外CFOなどを通じて600社以上の事業に関わる。
公認会計士、 IPOコンサルタント、社外役員として計4度の上場を経験。
株式会社i-plug社外役員、株式会社NATTY SWANKY社外役員。
成長スピードの早い企業におけるKPIマネジメントやファイナンス、上場準備や上場後の予算管理精度の高度化といった経験を踏まえ、KPIのスペシャリストとして、日本初のKPIマネジメント特化SaaS「Scale Cloud」の開発・提供やコンサルティングに注力。
従来のマネジメント手法を飛躍的に進化させ、企業の事業拡大に貢献中。
講演実績
株式会社セールスフォース・ドットコム、株式会社ストライク、株式会社プロネクサス、株式会社i-plug、株式会社識学、株式会社ZUU、株式会社あしたのチーム、ジャフコグループ株式会社、トビラシステムズ株式会社、株式会社琉球アスティーダスポーツクラブなどの主催セミナー、日本スタートアップ支援協会などの経営者団体、HRカンファレンスなどのカンファレンス、関西フューチャーサミットなどのスタートアップイベントなどにおける講演やピッチも実績多数。
論文
特許
「組織の経営指標情報を、経営判断に関する項目に細分化し、項目同士の関連性を見つけて順位付けし、経営に重要な項目を見つけ出せる経営支援システム」(特許第6842627号)
アクセラレーションプログラム
OIH(大阪イノベーションハブ)を拠点として、有限責任監査法人トーマツ大阪事務所が運営するシードアクセラレーションプログラム「OSAP」採択。