SaaS企業が目指すべきネガティブチャーンについて解説

2022.02.12
SaaS企業が目指すべきネガティブチャーンについて解説

「ネガティブチャーン」という言葉を皆さんは聞いたことがあるでしょうか。

 

この単語は、コロナ禍におけるリモートワークの進展とDXブームにより、近年興隆を見せているSaaS業界の収益を分析する際に考えるパターンの1つです。

 

しかし、この言葉を聞くのは初めてという方も多いのではないでしょうか。この単語は近年増加しているサブスクリプション型ビジネスにおいて重要であり、SaaSビジネスを行う上では欠かせない単語でしょう。

 

本稿では、「ネガティブチャーン何か分からない」「ネガティブチャーンについて知りたい」という方に向けて、チャーンとはそもそも何かなど基本的な事項を説明した上で、計算方法やメリット、取り組む際の注意点など幅広く紹介していきます。

 

チャーンレートの種類

チャーンレートのチャーンとは英語で「かき混ぜる」を意味する単語であり、ビジネスではこの意味が転じて「顧客がサービスの解約をする」という意味になっています。

 

つまり、チャーンレートとはサービスの解約率を指す単語です。企業は単に新規顧客を増やすだけでなく、既存の顧客にサービスを解約させないことが売上の増加につながります。そのため、このチャーンレートはとても重要です。

 

この解約率を意味するチャーンレートには以下の3つの種類があります。

 

  • カスタマーチャーンレート
  • レベニューチャーンレート
  • ネガティブチャーンレート

 

それでは、これらが何を意味するのか、1つずつ見ていきましょう。

カスタマーチャーンレート

カスタマーチャーンレートとは、顧客解約率を意味しており、人数の割合で表す指標です。サブスクリプション型のサービスでは継続して料金を払うシステムを取っているため、顧客の定着が収益の安定につながります。そのため、この指標はSaaSビジネスを中心としたサブスクリプション型のビジネスにおいて非常に重要です。

 

これは、「一定期間内に解約した顧客 ÷ 一定期間内に解約した顧客」で計算します。

 

この指標を見ることでどれだけの顧客がサービスを継続するのかが分かり、収益予測が立てやすい、目標が立てやすいなどのメリットがあります。

 

レベニューチャーンレート

レベニューチャーンレートとは収益をベースとしたチャーンレートのことで、一定期間の収益に対してサービスの解約や契約のダウングレードなどによる損失の割合を示す指標です。

 

これは顧客ベースの解約率であるカスタマーチャーンレートに対し、企業側として本来得られた収益をどれほど失ったのかを表すものとなっています。

 

そのため、解約による損失だけでなく、ダウングレートなどによる収益減も測ることが可能です。

ネガティブチャーン

ネガティブチャーンとは、解約によって減少した収益と既存顧客からの新規収益を比較した際に、既存顧客からの新規収益が上回った状態です。

 

これを求める際には、ネットチャーンレートを求めます。このネットチャーンレートはレベニューチャーンの2つの分類の1つであり、もう一方はグロスチャーンレートと呼ばれます。そして、ネットチャーンレートがマイナスになった状態がネガティブチャーンです。

 

ネガティブチャーンは、アップセルやクロスセルなどによる既存顧客からの収益増加がが解約やダウングレードによる顧客からの損失を上回っている状態を指します。

ネガティブチャーンの計算方法

前述のとおり、ネガティブチャーンとは解約によって減少した収益と既存顧客からの新規収益を比較した際に、既存顧客からの新規収益が上回った状態です。

 

そのため、この状態を確かめるためにはアップセルやクロスセルによる既存顧客からの新規収益と解約による損失額を計算します。

 

具体的な計算式は「(当月の解約で失ったMRR – 当月のExpansion MRR)÷ 先月末時点でのMRR」で求めます。

 

ネガティブチャーンを達成するメリット

既存顧客からの新規収益が顧客の解約による損失を上回る状態であるネガティブチャーン。

 

顧客が解約するのであれば、まずはそれを防ぐのが重要なのではないかと思う方もいるでしょう。しかし、ネガティブチャーンには以下のようなメリットがあるのです。

 

  • ロイヤルカスタマーの増加
  • 企業の成長や安定につながる

 

これらのメリットについて、どうしてネガティブチャーンがこのようなメリットにつながるのか解説していきましょう。

ロイヤルカスタマーの増加

ネガティブチャーン達成によるメリットの1つ目として、ロイヤルカスタマーの増加が挙げられます。

 

ロイヤルカスタマーとは、企業や商品に愛着を持ち、継続的に利用・購入してくれる顧客です。ロイヤルカスタマーは企業・サービスへの愛着が強く競合他社への流出が起こりにくいため、経営をする上で収益予想も立てやすいという大きなメリットにつながります。

企業の成長や安定につながる

ネガティブチャーンによる2つ目のメリットは、企業の成長や安定につながることです。ネガティブチャーン達成によるロイヤルカスタマーの増加は、企業の安定につながります。

 

企業において、新規顧客の獲得は難しく広告費などマーケティング費用もかかるため、企業としては解約されやすい新規の顧客の獲得よりも、長期的な顧客を獲得した方が安定した収益を獲得できます。

 

ロイヤルカスタマーは企業・サービスへの愛着があり解約率が低いため、新規顧客の数に左右されることなく安定して収益を獲得できます。

 

また、ネガティブチャーンの達成は既存顧客からの収益のみで事業を行えていることを意味し、これに加えて新規顧客からの利益が加われば、さらなる事業成長を達成できるのは大きなメリットですね。

 

ネガティブチャーンを達成させるための方法

このように大きなメリットがあるネガティブチャーンですが、これを達成するには具体的にどうすれば良いのでしょうか。

 

ネガティブチャーンを達成するための方法としては、収益を増加させる、もしくは本来得られていたはずだった損失額を減らすという2つが挙げられます。具体的には下記の2つが有効といえるでしょう。

 

  1. MRRを増やす
  2. 解約率を減らす

 

これらの2つの方法について具体的に見ていきましょう。

①MRRを増やす

ネガティブチャーン達成の1つ目の方法は、収益を増やすことです。MRRとは「Monthly Recurring Revenue」の略で、日本語では月次経常収益、毎月繰り返し得られる収益のことを指します。

 

SaaS企業においてMRRは非常に重要視されており、サブスクリプション型のビジネスにおける収益を測定する指標として近年注目を浴びています。

 

このサービスのアップグレードなどにより経常収益であるMRRを増加させることで収益が増加し、レベニューチャーンレートが増加します。

②解約率を減らす

ネガティブチャーン達成の2つ目の方法として、解約率を減らすことが挙げられます。

 

ネガティブチャーンのための要素の1つである、本来得られるはずだった損失額を少なくすることは、ネガティブチャーンの達成につながります。

 

新規の顧客がサービスを解約しないような工夫をして顧客をつなぎとめることで、ネガティブチャーンを達成できます。

ネガティブチャーンに取り組む際のポイント

ここまでは、ネガティブチャーンを達成する方法について紹介してきました。それでは、ネガティブチャーンを達成する方法をより具体的に見ていきましょう。ネガティブチャーンに取り組む際のポイントとして、以下の4つが挙げられます。

 

①   エクスパンションの設定

②   アップセル/クロスセルの実現

③   料金の値上げ

④   使用回数の増加

 

これらについて1つずつ解説していきます。

エクスパンションの設定

エクスパンションとは「拡大」を意味する単語であり、既存顧客からの収益拡大を指します。利用時間や容量の増加とともに料金が上がる価格モデルなどが該当します。

 

具体的な例としては、DropboxやIcloudなどでストレージを拡大することで料金が高くなる仕組みが挙げられます。

 

このように、既存顧客からの収益を増加できるような設定をすることが、ネガティブチャーンにつながります。

アップセル/クロスセルの実現

アップセルとは、既存の顧客に対し、より高度な機能を持ったさらに上位のサービスへ乗り換えてもらう方法です。

 

例えば、家電量販店などで、自身が購入を予定した商品があったものの、店員さんのすすめでより性能の高い高額な商品を買ってしまうことなどが、アップセルにあたります。

 

それに対し、クロスセルとは既存顧客に対し、追加で他のサービスを契約してもらうことを指します。

 

この例としては、電子版・紙版の新聞をセット価格で提供する抱き合わせ販売などが該当します。これら2つは、既存顧客からの収益を拡大する方法として一般的です。

料金の値上げ

ネガティブチャーン達成に取り組む方法の1つとして、サービス料金の値上げがあります。

 

これをすることで、一人あたりの顧客から得られる収益は増加し、レベニューチャーンレートは高くなります。

 

しかし、単純な値上げは一時的なネガティブチャーンの達成にしかつながらないことに留意しましょう。

 

スイッチングコストが低い・ロイヤルカスタマーを十分に獲得できていないなどの状況であれば多くの顧客が解約してしまい、カスタマーチャーンレートも高まってしまう危険性があるので十分に注意してください。

使用回数の増加

顧客一人あたりから得られる収益を増やす方法の1つとして、顧客の使用回数の増加があります。

 

顧客単価を計算する一般的な計算式は「顧客数 × 1回あたりの購入金額 × 購入回数」です。これの購入回数を増加させることで企業は収益を増加できます。

 

顧客のサービスの利用度合いによって料金が上がる料金体系を取っている企業では、使用回数の増加で収益の増加を見込むことが可能です。

SaaS企業のチャーンレートの例

SaaS企業の業績を評価・分析する上で重要となるチャーンレート。実際の企業ではどのくらいの数値になっているのでしょうか。

 

近年、SaaS企業ではこの数値を公開している企業も多く、日本を代表するSaaS企業である以下の3社もチャーンレートを公開しています。

 

①   スマレジ

②   カオナビ

③   freee

 

チャーンレートの計算方法は企業によって異なる部分もあるので単純な比較はできませんが、日本を代表するSaaS企業はいずれも解約率を低く抑えることができています。それぞれの企業について、実際のチャーンレートを見てみましょう。

 

スマレジ

スマレジは、クラウドPOSレジサービスである「スマレジ」を中核として提供するSaaS企業です。

 

2021年4月期のスマレジ決算資料によると、顧客の平均月次解約率を示すMRRチャーンレートは21年4月期において0.66%となっており、過去最低水準の数値を達成しています。

カオナビ

株式会社カオナビは社員の個性・才能を発掘し、戦略人事を加速させるタレントマネジメントシステムである「カオナビ」を提供するSaaS企業です。

 

2020年3月期の決算説明資料によると、21年3月期のMRR解約率は0.56%を実現しており、カスタマーサクセスへの注力と情報蓄積によるデータベースの価値向上により、低い顧客解約率を実現しています。

freee

株式貨車freeeは、クラウド会計ソフトの「会計freee」や・人事労務ソフト「人事労務freee」を中心に企業向けクラウドサービスを展開しているSaaS企業です。

 

2021年6月期第4四半期の決算説明資料によると、2021年6月期の12ヶ月平均解約率は1.3%であり、これは過去最低の水準を達成しています。また、freeeは解約率改善の施策として、UI/UXの改善、既存機能の強化、カスタマーサクセスの強化などを挙げています。

まとめ

チャーンレートには、顧客ベースの解約率を示すカスタマーチャーンレートと、収益ベースのレベニューチャーンレートの2種類が代表的です。

 

そして、既存顧客から新たに獲得した収益が、解約による損失額を上回った状態をネガティブチャーンといい、これを達成することで企業は安定して成長することができます。

 

このネガティブチャーンを達成するには収益の増加および解約率の低下いずれかを実現する必要があり、そのための手段としてはアップセル・クロスセルの実現やエクスパンションの設定などの方法があります。

 

ネガティブチャーンは近年増加しているサブスク型ビジネスを行う上で非常に重要な事項であり、事業の成功に直結するものです。

 

ネガティブチャーンについてさらに詳しく知りたいという方は、下記の資料をご参照ください。

監修者

広瀬好伸
株式会社Scale Cloud 代表取締役社長

プロフィール

京都大学経済学部卒、あずさ監査法⼈にてIPO準備や銀⾏監査に従事。
起業後、公認会計⼠・税理⼠として、上場企業役員、IPO、M&A、企業再⽣、社外CFOなどを通じて600社以上の事業に関わる。

公認会計士、 IPOコンサルタント、社外役員として計4度の上場を経験。
株式会社i-plug社外役員、株式会社NATTY SWANKY社外役員。

成長スピードの早い企業におけるKPIマネジメントやファイナンス、上場準備や上場後の予算管理精度の高度化といった経験を踏まえ、KPIのスペシャリストとして、日本初のKPIマネジメント特化SaaS「Scale Cloud」の開発・提供やコンサルティングに注力。
従来のマネジメント手法を飛躍的に進化させ、企業の事業拡大に貢献中。

講演実績

株式会社セールスフォース・ドットコム、株式会社ストライク、株式会社プロネクサス、株式会社i-plug、株式会社識学、株式会社ZUU、株式会社あしたのチーム、ジャフコグループ株式会社、トビラシステムズ株式会社、株式会社琉球アスティーダスポーツクラブなどの主催セミナー、日本スタートアップ支援協会などの経営者団体、HRカンファレンスなどのカンファレンス、関西フューチャーサミットなどのスタートアップイベントなどにおける講演やピッチも実績多数。

論文

『経営指標とKPI の融合による意思決定と行動の全体最適化』(人工知能学会 知識流通ネットワーク研究会)

特許

「組織の経営指標情報を、経営判断に関する項目に細分化し、項目同士の関連性を見つけて順位付けし、経営に重要な項目を見つけ出せる経営支援システム」(特許第6842627号)

アクセラレーションプログラム

OIH(大阪イノベーションハブ)を拠点として、有限責任監査法人トーマツ大阪事務所が運営するシードアクセラレーションプログラム「OSAP」採択。

取材実績

日本経済新聞、日経産業新聞、フジサンケイビジネスアイ、週刊ダイヤモンド、Startup Times、KANSAI STARTUP NEWSなど。

著書

『飲食店経営成功バイブル 1店舗から多店舗展開 23の失敗事例から学ぶ「お金」の壁の乗り越え方』(合同フォレスト)

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