PL管理とKPI管理の一元化|経営企画カンファレンスイベントレポート
2023.7.6
<スピーカー>
株式会社ディー・エヌ・エー グループエグゼクティブ経営企画本部長 大谷駿明氏
株式会社メルカリ Group Corporate Planning Manager 荒山大輔氏
<ファシリテーター>
株式会社Scale Cloud 代表取締役社長 広瀬好伸氏
イントロダクション
広瀬好伸氏(以下、広瀬):それではセッションを始めます。テーマはPL管理とKPI管理の一元化です。スピーカーは、株式会社ディー・エヌ・エーのグループエグゼクティブ経営企画本部長の大谷さんと、株式会社メルカリのGroup Corporate Planning Managerの荒山さん、そしてファシリテーターは私、株式会社Scale Cloudの代表取締役社長、広瀬となります。
それでは早速始めていきたいと思います。今日のテーマは、「PL管理とKPI管理の一元化」です。まず大前提のスタートラインとして、経営企画はPLだけを管理するというケースもあると思いますが、そもそも論で、経営企画でもKPIをモニタリングしていくべきなのか、それともPLのみでよいのかというライトなところからすり合わせていきたいと思います。まずは大谷さんからお答えいただけたらと思います。
大谷駿明氏(以下、大谷):本日はよろしくお願いします。経営企画のあり方は各社それぞれ違うとは思いますが、ディー・エヌ・エーは経営企画として、経営に対してインプリケーションと言いますか、示唆を出すことも求められているため、やはりPLとKPIをしっかり一元管理していかなければ意味のある経営管理ができないと考えており、KPI管理も含めて力を入れています。
広瀬:ありがとうございます。荒山さんはいかがでしょうか?
荒山大輔氏(以下、荒山):メルカリも、業務的にはディー・エヌ・エーと近いところがあるからかもしれないですが、経営企画でもKPIはしっかりと見ていかないといけないということは意識として強いです。
売上も含めて予算を作るとき、どのKPIが向上すれば売上が上がるのかを施策ベースで見ていくことも必要になってきます。それが予実に反映されるところも含めて「そのKPIがどう推移したから、売上や利益になったのか」を説明することが求められるため、そういう意味では経営企画としてのKPI管理は必要だと考えています。
広瀬:ありがとうございます。PLもKPIも一元的に経営企画の方で管理していくべきという共通認識ですね。
PLやKPIの管理方法
広瀬:PLやKPIの管理をどこまで、どのように行うのかといった議論があると思いますので、ひとつずつ質問しながら進めていきたいと思います。
ざっくりとした質問になるのですが、PLとKPIをどのように一元管理していくべきなのかについて、荒山さんはどうお考えですか?
荒山:例えばメルカリのCtoCのアプリについてですが、売上がどこから来るかというと、トランザクション、つまり取引量から来るため、売上を増加するレバーとしての取引量と、さらに平均価格の要素を組み合わせたときに、「このKPIが予算よりもよくなった、あるいは予算よりも悪くなったから、売上がよくなった、悪くなった、また最終利益がよくなった、悪くなった」という形で、主要なKPIとPLとを繋げて関連性を管理しています。
広瀬:大谷さんの方はいかがでしょうか?
大谷:僕のところも概念としては一緒です。異なる部分で言うと、メルカリはECという特性から、GMV(流通取引総額)などの指標からブレークダウンしていると思うのですが、当社は典型的なネットサービスのため、ネットベンチャーの方々と同じKPIを使っていると思っています。
典型的なものとしては「ユーザー数×顧客単価」です。ユーザー数はDAU(Daily Active Users)やNUU(New Unique Users)で、そのアクティブ率やリターンレートも見ています。ダウンロード数からコンバージョンレートでブレークダウンする流れで遡っていくというかたちの顧客数管理を行っています。
加えて、顧客単価のところで、どれくらいのユーザーが課金してくれているのかの部分を「課金率×課金してくれている人の平均課金額(ARPPU)」という指標で見て、基本的なKPIをブレークダウンして管理しています。
当社として力を入れているのは、3階層くらいのイメージでブレークダウンしています。そして縦軸の切り分け、例えば当社ではライブストリーミングの「Pococha」という事業を展開しているのですが、それぞれのイベントごとにユーザーのセグメントをドリルダウンしています。ユーザーの年齢や利用頻度などをベースにしたセグメンテーションごとに、ユーザーの性質、イベントごとの特性などで切り分けてミクロに見ていくという手法です。
広瀬:お二人ともありがとうございます。KPIの設計をどうされてるのか、具体的にお話しいただきましたが、PLとKPIを一元管理するときには、PLと紐づくKPIの設計をされてると思います。
先ほど、3階層のKPI設定のお話がありましたが、一般的にはKPIツリーというものを作りながら進めることが多いのかなと思います。みなさまの会社でもKPIツリーというフレームワークを使っていますか?
荒山:事業によってどれくらい深いのかなど、設計の仕方は違いますが、KPIツリーとして一定の階層を持っています。BtoCやSaaSと比べるとそこまで深くないかもしれませんが、ユーザーごとの属性、どういった商品を購入いただいているのか、またそれは新しいユーザーなのかリピートユーザーなのかなど、さまざまな角度から見ていくことが多いと思います。
大谷:僕のところも荒山さんのところも、複数事業を抱えていますからね。
荒山:すべての事業で同じ指標を使っているわけではありませんが、考え方やアプローチは近いものがあると思います。
大谷:当社もツリーのような形を取っています。すべての事業においても、しっかりとブレークダウンしながら進めています。
広瀬:ツリーの階層は、さきほどおっしゃっていた3~4階層程度でしょうか?
大谷:当社の代表的なサービスはライブストリーミングやゲームですが、そういったサービスはそのくらいの階層です。それ以外の事業、例えばBtoBやヘルスケア、メディカル関連のサービスは少し異なる考え方で進めています。
ただし、一番基本的な考え方としては、さきほどあげたような3~4階層で、マトリックスのような形で管理しています。
広瀬:例えば、縦軸がロジックツリーの階層だとすると、横軸に事業やカテゴリなどさまざまな軸があって、さまざまな角度から立体的に把握していく方法ということですね。
荒山:経営企画の立場としては、「森」を見る経営と「木」を見る現場の、その中間的なところに位置していると思います。つまり「森も木も見る」という立場だと思うので、非常に細かいKPIまで見ることもあり、サマライズした中間的な分類のKPIを見ることも多いです。
メルカリで言えば、アクティブユーザーがどれくらいリスティングされているのか、それが最終的なトランザクションとしてどれくらい売上につながるかなどを見ています。また、プロダクトやマーケティングチームは、コンバージョンを上げるために何をすべきかといったところで、例えばユーザーにどれだけクリックしてもらうべきかなどを細かく見ています。経営企画がそこまで細かいKPIで経営に説明しようとすると、詳細すぎて理解が難しくなる可能性もありますので、ある程度集約されたKPIを見ることが経営企画の役割だと思っています。
大谷:今の話から感じたことは、会社によって経営企画のあり方が少し違うということです。荒山さんのところは、任せる経営に近いと思いました。現場や各事業、あるいは子会社に任せるかたちなのだと思います。
一方で当社の経営企画は、事業部の管理機能を含めて中央で管理します。どこまでのレベルで経営に報告するかは別問題ですが、数字の管理自体は中央側で細かく行っています。これは会社の好みで、経営スタイルが色濃く出るかもしれません。
広瀬:さきほどの「森と木」のお話で、その中間が具体的にどのあたりなのかは難しいですよね。どこまで見たらよいのかは、各社それぞれ悩みつつ決めているのだと思います。
荒山:私は、グループ連結の経営企画の立場で、各事業に張り付いている経営企画のチームと連携しているのですが、「森と木」のお話でいうと、私は「森」に近い立場にいて、事業側は「木」に近い立場にいると思います。私は全社視点ですが、これは単に立場の違いであり、それぞれが互いを補完しつつ連携を図っています。
大谷:当社も歴史の中で立場が変わり、今は完全に中央に集約されていますが、昔は荒山さんがおっしゃっていたような体制だったと思います。その点については、私たちも試行錯誤しながら最適な形を模索しています。
ウォッチしているKPI
広瀬:先ほど大谷さんがいくつかKPIについて言及されましたが、もう一度整理させてください。みなさまの会社では、具体的にどのようなKPIを追っているのか、それは「森と木」の視点でどのようなところを見ているのか、具体的な例を教えていただけますか?
大谷:ディー・エヌ・エーではいくつか事業を展開していますが、典型的なネット事業に焦点を当てて説明します。まず、ユーザー数と顧客単価の2つの視点で考えています。ユーザー数という視点では、新規のNUUがどれくらい入っているのか、またそのユーザーがどれくらいの頻度でリピートしているかを見ています。
NUUは、アプリのインストールから実際にユーザーになるまで複数のコンバージョンポイントがあるため、どんどん遡って管理しています。またリターンレートは、ドリルダウンするというよりは、1日単位や7日単位など期間別に見ています。長期的にどれくらいのユーザーが維持されているか、また次の日にどれくらいユーザーが戻ってくるかなども、期間ベースの視点も大切にしています。
顧客単価の視点では、課金率と、課金してくれるユーザーがどれくらい存在しているのか、そして課金ユーザーの平均単価、つまりARPPUを見ています。
もちろん、売上のブレークダウンだけでなく、最終的な部分でCPA(顧客獲得単価)やLTV(生涯顧客価値)といった別のメッシュでのKPIもあります。イメージとしては、先ほどお伝えしたようなところから始まり、3階層、4階層と下って管理しています。
荒山:当社も考え方としては似ており、最初にユーザーとして登録してくれた方がどれくらいアクティブになり、そのアクティブなユーザーの中で、セルサイドであればどれくらいの人が商品をリストしているのか、そしてそれが実際にどれだけ売れているのかを見ています。その反対側がバイサイドですが、KPIとしては、アクティブなユーザーが最終的にどれくらいコンバージョンしているのかを見ています。
また、それぞれのユーザー、バイヤー、リストした人が、一定期間で区切ったときにどれくらいの頻度で購入しているのか、どれぐらいの商品がリストされて売れているのかといったところを基本的なKPIとして追っています。それに加えて、リテンション、平均取引単価の推移、LTVといった視点も持っています。
ゲームとコマースで違いはありますが、消費者を向いているネット系ビジネスという意味では、ディー・エヌ・エーとも似たような設計になると思います。
広瀬:KPIはいろいろなものが存在しますが、BtoBの例で考えてみます。テレアポ、商談、成約といったプロセスがあり、指標としては契約数などが考えられます。契約数は売上に近い結果指標とも言えますね。
一方で、テレアポは先行指標と言えるでしょう。この先行指標と結果指標の枠組みで考えたときに、先行指標となるものは、現場、事業部側にたくさん存在していて、それらの「木」をどこまで掴みにいくかは難しい部分です。会社の規模、事業の数、経営企画メンバーのリソースといった制約が存在する中で、どこまで取り組むべきかは難しい問題ですよね。
大谷:会社の状況やフェーズによっても異なるため、やはり難しい問題ですよね。当社では2021年にCEOが交代して新体制下で再成長を目指す段階にあるため、経営を中央でしっかり舵取りしないといけないタイミングのため、詳細な数字管理まで深く入り込んで経営が理解できる体制をとっています。荒山さんのところはいかがでしょうか?
荒山:CtoCの事業はモデルが固まっていて長く運用しているため、重要なKPIは何かという議論はあまりありません。新しい事業が立ち上がったときは、新しい事業だからといって粗い管理でよいということもないため、既存事業で使えるノウハウがあればそれを活用します。例えば「メルカリShops」というBtoCの事業を立ち上げたときは、CtoCのノウハウやKPI設計を活用しました。
逆に「メルコイン」のような新しい種類の事業が立ち上がったときには、「これが重要だろう」と思う指標を設定して、それを試す形で進めています。実際に試してみないとわからないこともありますので、そのときどきで走りながら最適なものを考えて進めています。ディー・エヌ・エーでもいろいろと新しい事業を立ち上げていると思いますが、ノウハウの活用なども含めていかがですか?
大谷:当社も既存にはない考え方の事業を作っていて、まだ世間に出ていないものもいくつかあります。それはそのまま転用できないため、正直を言うとやはり模索しながらです。それこそ最初の仮説ベースでは、MECEと言いますか、網羅的な設計はできるものの、どのKPIを重視すべきかは難しいところで、そのKPIを基準にしっかり経営しようと考えていたものがフェーズによって変わったり、場合によっては初期の仮説が間違っていて、新たなKPIへの切り替えが起こったりすることもあります。
荒山:そのときの状況によって機動的に考えることが求められるかもしれませんね。当社も走りながら考える部分はあります。基本設計は変わらないけれども、その中で重視するKPIは変わったりするため、同じKPI構造でも「今期はこのKPIが特に大事だよね」みたいなこともあります。
重要なKPI設計のポイント
広瀬:重要なKPIを決めるときのコツやポイントについてはどうお考えでしょうか? どのようなKPIを設計したらよいのかを悩まれる方もいらっしゃいますし、その中でどれを重要視していけばよいのかを悩まれる方も多いと思います。
KPIの数を絞った方がよいという論調があるとすると、重要なものに絞るべきだというのは当然ですが、どうやって絞るかというノウハウは書籍やWebにもそこまで詳しく書いていないため、みなさまも悩まれているでしょう。
正解はないとは思うのですが、お二人の視点も交えながら、どのようにして重要性を判断しているか、ヒントになるようなことがあれば言語化できる範囲で教えていただけますか?
大谷:フェーズによって異なるのは先ほどお伝えしたとおりで、一概に言うのは難しいのですが、共通して見ているところは、プロダクトがどれだけユーザーに喜ばれているか、価値を提供できているかという観点です。どのフェーズ、どのプロダクトにおいてもそこは重要だと思っています。
その意味で言うと、いきなり各論で恐縮ですが、例えばリターンレートみたいなところはかなり重視しています。お客さまがどれだけ当社のアプリを頻繁に使ってくれているか、もしくは一度使ってまた戻ってきてくれるか、飽きて離脱しているのかはKPIに影響するところが大きいため、そこはしっかり見ています。
もちろん、フェーズによってその上にアドオンする要素もあると思います。初期であればどれだけお客さまが流入しているか、例えばCMを作っているのであれば、そのタイミングでどれだけNUUの流入があるかを見ることもあります。逆に、一部のお客さまだけすごく盛り上がっていたり、すごく課金熱が高まりすぎると引いてしまうお客さまもいるため、適正な水準になっているかも見ています。お客さまにしっかりご利用いただいているかという観点では、利用頻度はかなりしっかり見ています。
荒山:CtoCのマーケットプレイスは、バイヤーとセラーがいて成立するわけですが、例えば在庫はいっぱいあるけれども買い手が少なくて伸びていない場合は、それに対応する施策を考えなければいけません。逆もしかりですので、ケースバイケースで、そのときの状況でどちら側に施策を打てばGMVの成長に繋がるのかをきちんと考えています。
状況次第ではありますが、共通するという意味では、KPIが足元の短期だけでなく中長期の成長に繋がっていくのかは重視しています。あるKPIが何らかの施策によって瞬間的に伸びてもすぐ戻ってしまうものもあれば、その伸びが残っていくような施策もあったりするため、どの指標のKPIを見るかだけでなく、中長期の成長にどういうインパクトがあるのかという観点も重要だと考えています。
広瀬:僕らみたいなBtoBのサービスでは、ロジックツリーでKPIを作ると「質のKPI」と「量のKPI」がセットで出てくることが多いです。さきほどテレアポのお話をしましたが、テレアポからリードを取ろうとしたときに「テレアポの数=量」と「アポを取れる率=質」をセットで考えます。
例えば人のリソースがたくさん余っているとするならば、とにかく「テレアポの数=量」を増やそうというかたちになると思います。一方でリソースが枯渇している場合は人を増やして「テレアポの数=量」を追いかけるのか、あるいはリソースはそのまま「アポを取れる率=質」を高めるのか、どちらがよいのかを考えながら取り組んだりしています。
引き続きテレアポを例にすると、「テレアポの数=量」を増やすと正比例してコストも増えていくことが多いです。しかし「アポを取れる率=質」の方は正比例してコストが増えるものでもありません。PLに及ぼすインパクトでいうと質のほうが高かったりするのですが、追いかけやすい、わかりやすいのは量ですので、「数を重視します」というようなシーンもあると思います。このように、質と量のバランスを考えながら進めることも大事だと思います。
大谷:「森と木」のお話で、経営の部分でいうと、やはり売上やPLの数字が最も重要になってくると思います。先ほどリターンレートを重視しますとお伝えしましたが、PLとKPIを連動させながら作っているため、予算や事業計画と実績が乖離していたら、リターンレートの動向だけでなく、何がずれているのか、このまま進むとどうなってしまうのかといった観点で全体を俯瞰して見ているため、やはりPLとKPIをあわせて話すことが必要です。
フォーキャストについて
荒山:フォーキャストについてのお話がありましたが、どれくらいの頻度で実施していますか?
大谷:当社は外部には開示していないですが、毎月作っています。ウォッチする数字を明確に定め、そこに対して現在の数字がどうなのか、今年度はどういう着地になりそうかを毎月洗い替えて、事業計画との差分を常に追い続けながら足りない部分をどう埋めるのか、つまり「森」から「木」にドリルダウンして、KPIベースで特定していきます。「ローリング・フォーキャスト」と言われるもので、経営サイドだけでなく事業部と連携しながら毎月考えています。
広瀬:そのあたりを掘り下げていきたいと思います。最初に、事業計画や予算みたいなものを作ると思います。PDCAで言えば「P(プラン)」ですが、このプランとなるKPIとPLをどのようにして一元的に作っているのでしょうか?
そして、PDCAの「C(チェック)」の部分になりますが、出てきた実績をどう収集して、どれくらいの頻度で振り返りをして分析してるのでしょうか? そして、それをもとにフォーキャストを作ると思うのですが、どのように、どれくらいの頻度で行っているのかを深掘りしていきたいと思います。
まずはプランの部分で、どのようにKPIを使って予算を立てているのでしょうか? 想像するに、何パターンかシナリオを作っていると思うのですが、お話をお聞かせいただけますか?
大谷:先ほどKPIについてお話ししましたが、一番細かいメッシュで数字を設定し、積み上げていく形になっています。そのKPIをベースにして売上を算出したり、またKPIから費用を算出して最終的にPLに落とす形で進めており、かなり細かいメッシュでデータを追えるようになっています。
当社では「アップサイド」「モストライクリー」「ボトム」、つまり「上振れ」「現実的」「下振れ」の3パターンのシナリオを作成します。最終的な事業計画は、その時点での経営の意思にもよりますが、特にIR戦略と結びつく部分を考慮し、我々が資本市場や株式市場にどうアプローチしていくのかもセットで考え、最終的にチョイスします。
荒山:我々も何パターンかのシナリオを作りますが「松竹梅」の3パターン程度です。「何も改善策を行わなければこのようになる」「こうした改善策を施すと、この程度の効果が見込まれる」というシナリオを作成し、それをもとにPLに落とし込みます。またその際に、過去実績から確実な効果が見込める施策や初めて試す施策など、さまざまな施策も考慮しながら、外部にどのように見せたいかという観点も含めて、最終的にどのシナリオを採用するかを経営が判断します。
広瀬:どのような施策を行うのかを考えるのは事業サイドだと思いますが、そういった情報を吸い上げなければシナリオは作れないですよね。予算を作るときに、現場の方とともに、どういう施策でKPIを伸ばしていけばよいかといったディスカッションは行いますか?
荒山:例えば「このKPIのオーナーはあなたです。必要な予算を渡すので、このKPIの達成にコミットしてください」といった会話を行うこともあります。
広瀬:各KPIで責任者を設定し、各チームが施策を考えていくわけですね。今までお話にあったような、複数シナリオを作る、現場の情報を吸い上げる、KPIごとに計画を立てて積み上げる、といった部分以外で、計画を立てる際のポイントはありますか?
大谷:施策はとても重要です。予実をどれだけ正確に追えるかは、PDCAを回す上でもっとも重要な要素だからです。例えば当社のゲーム事業では、ゲーム内イベントの実施がこのタイミングであるから売上が上がるというようなことがありますが、そこで予実を追うために何をしているかと言うと、細かいメッシュのKPIや売上をデイリーベースで作っています。予定していたイベントに対して、計画どおりの売上が立っているかを毎日チェックします。デイリーで作るのが重要ということではなく、事業の特性や実態に合わせて、どれだけのメッシュでKPIを設定して、それに基づいて事業計画を策定するかが重要ということです。
荒山:当社では、人員の確保状況など、KPI周辺の要素と計画のカレンダーとの整合性の確認も行っています。そうしなければ「絵に描いた餅」になってしまいますからね。
大谷:とてもよくわかります。重要なテーマだけに、このテーマだけでも1時間かかってしまうと思います。KPIと人とのリニアな紐付きはとても大事ですよね。採用や人員計画のところは非常に重要で、そこをどこまで経営企画がハンドリングできるかは腕の見せどころです。
一方で、当社は人と売上がリニアにつながるわけではありません。例えば営業の場合、1人あたりの売上の予測を立てることができ、この人を採用したらこれくらい売上が立って、それをもとにROIを議論することも可能かと思うのですが、ネット事業は1人の採用で必ずしも売上がリニアに向上するわけではありません。結果が出るまで時間がかかる可能性もあります。
広瀬:PLベースだけでコミュニケーションを行うと解像度が粗くなるため、KPIベースで話をすることで、より具体的で高解像度のコミュニケーションが可能になりますよね。
予実を振り返るタイミング
広瀬:計画を立ててから実績を振り返るタイミングについて教えてください。
大谷:当社は毎月で、前月の実績と当月の着地見込みを元に月末に振り返りを行っています。さきほどお話ししたローリング・フォーキャストもそれをもとに策定しており、年度の着地も見ながらPDCAを回しています。
荒山:当社は月次で業績報告会を開催し、結果を踏まえて次のステップを考えています。PLはもちろん、プロダクトの開発やKPIの改善なども含めて振り返りを行っています。さらに俯瞰して見るという意味でお話しすると、みなさまも通期予算を作り、半年ごとの修正予算を作ると思いますが、そのタイミングでもともとの半年の計画に対してどこまで来ているのか、また当初見えていなかったことに対してどう取り組むのかというかたちで、振り返りを行いつつ次の予算を作るという、大きな時間軸でも考えています。
広瀬:月に1回はKPIごとに計画と実績の比較を行い、その結果をもとに事業部含めて次のステップを考えるということですね。
大谷:振り返りは、会議体も含めて経営企画が主導して行っていますが、これは経営会議ではなく、事業部とコミュニケーションを行うためのミーティングになります。
広瀬:経営会議の一歩手前の会議ですね。経営との架け橋は絶対に必要で、経営企画にはその役割がありますよね。
さて、月に1回の実績収集と分析を通じて、先ほど触れたフォーキャストの作成に繋げていくのだと思いますが、KPIの優位性はフォーキャストの精度が向上することが挙げられると思います。ただし、PLベースの情報だけでは精度の高い予測が難しいため、KPIを利用して細かい部分までフォーキャストしやすくすることで、精度もスピードも向上させることができると思っています。
では、フォーキャストはどのくらいの頻度で、どのような種類のシナリオを考えていますか? また特に注意している点はありますか?
荒山:当社では、隔週でフォーキャストの更新をしていますが、月次の閉じたタイミングの更新の方がより網羅的になります。隔週では、速報値、トレンドの把握を行っています。さすがにその頻度でシナリオを3パターン作ると工数がかかりすぎるため、複数のシナリオを作るというよりは、現在のフォーキャストからアップサイドやダウンサイドのブレが起こり得るのかを把握し、現在のフォーキャストではこれくらいの数値だが、このような上振れ・下振れ要素があるためこの程度のレンジになりそう、という情報をセットにしてコミュニケーションするやり方です。
大谷:隔週は大変ですね。それだけでもかなり重たいタスクのように思えます。
荒山:そこはかなりリソースを割いているところです。
広瀬:フォーキャストの期間はどのくらいですか? 隔週のタイミングでは月のフォーキャストなのか、それとも年度の着地までのフォーキャストなのか教えてください。
荒山:基本的にはそのクォーターのフォーキャストです。このクォーターがどう着地しそうかというところは、IRの観点からも知りたいところです。また、クォーターとクォーターの境目で、例えばそのクォーターの最終月の中旬といったタイミングでは次のクォーターも気になるところですので、「今回は今のクォーターに加えて次のクォーターについても触れてください」という要求も行っています。
広瀬:逆に、年度末までのフォーキャストはどのタイミングでしょうか?
荒山:今がまさに年度末、最後クォーターですが、第1クォーターの時点で年度末まで考慮しているわけではありません。年度で見直すという意味では、半期のサイクル、例えば下半期の修正予算を作るときに、その時点までの変動を集めて大きく見直します。
そして、下半期は年度を意識したフォーキャストを作ります。3クォーターでも、実質その半分が過ぎると年度の着地がどうなるかを見据えながらの判断にもなるため、そのタイミング次第で年度を見ているかどうかが変わってくると思います。
広瀬:基本的には四半期単位でレンジをフォーキャストしているということですね。何かポイントはありますか?
荒山:例えば、ブレの幅は単に金額だけ見ているわけではありません。そこにも柔らかさと堅さがあるため、まだ保守的に見て予想に入れていない要素、特にアップサイドの要素は最後まで保守的に見ておく部分もありますので「堅そうだけど、まだ入れていません」であったり、逆に「柔らかいけれども大きな影響が出る可能性がある」といったブレ幅も含めて、数字だけでなく温度感も踏まえながら、どれくらい現実的なのか、どれくらい可能性があるのかを意識しながら事業側とコミュニケーションしています。
大谷:隔週というお話には驚きましたが、当社では毎月、年度の着地までをフォーキャストして、年度計画に対して達成できるかどうかという議論をしています。荒山さんのお話を聞きながら、なぜ当社と異なるのかを自分なりに考えたのですが、おそらく事業サイクルや事業環境を踏まえて、ブレーキまたはアクセルを踏んだときに、どれくらい即座に経営の舵取りができるかの差異だと思いました。
当社ではアライアンスベースで事業を展開していることが多く、関連会社も多いのですが、例えば6月にある事業判断をしたとしたら、アクセルないしブレーキが事業に反映されるまでに荒山さんの会社よりも少し時間がかかるかもしれません。それもあって、当社の経営の志向性は、なるべく早く数字を知り、それに対して早めにアクションを打とうというものなのです。そうした背景もあり、当社は毎月、年度のKPIも含めて細かく把握しています。
しかし、実際にはアップサイドや最低限のボトム、つまり「松竹梅」でいうところの「松」と「梅」のところで議論するのがメインです。気をつけていることとしては、どのように経営に伝えるかで、そこが経営企画の腕の見せどころです。正直を言って、荒山さんの会社も同様だと思いますが、変数は無尽蔵にあります。さまざまなシナリオを想定した場合、一番重要な判断をしてもらうために、僕のモットーとしては変数をなるべく1つに絞ることです。
「このKPIが一番重要だから、ここに焦点を当てて、ここだけを動かしてほしい」というような指示を出します。もちろん実態とは少しずれる部分もあるのですが、経営が判断しやすい方向に持っていくということは意識しています。
広瀬:経営サイドとしては非常に助かりますね。
大谷:すべてを細かく動かすことはできませんので、それを意識しています。
PLやKPIを管理するツール
広瀬:PLやKPIを一元的に管理するためのシステムやツールは何を使っていますか?
大谷:KPI管理は内製のシステムを使っています。元々、前社長の守安がエンジニア出身だったこともあって、最初にプロダクトを作ったときからKPIをしっかり管理しようという思いでシステムを作りました。新しいサービスも含めてダッシュボードをモニタリングするツールなどは、自社でシステムを作成しています。
広瀬:かなり特殊ですね。それはなかなかできることではないと思います。荒山さんのところはいかがですか?
荒山:経営企画でPLとKPIの両方を見る際、管理はスプレッドシートがメインです。フォーマットもいろいろ変わることがあるため、今のところはスプレッドシートでの管理が主です。
広瀬:僕たちスケールクラウドを展開している身からすると、自社のツールやスプレッドシートはできれば控えていただきたい気持ちですね(笑)。
大谷:スプレッドシートでの作業負荷はいかがですか?
荒山:現場では便利だと思います。フォーマットを自由に変えられて加工しやすいのが利点ですが、逆に難しいところとしては、フォーマットを各種各様に変更できるため、それぞれどういう作りになっているか理解する必要があるところです。また、数字が正確かも確認しなければいけないですね。
大谷:ローデータを落としてきて、それをスプレッドシートに反映する形ですか?
荒山:実績の数字や将来のマーケティング予測の管理シートから数字を持ってくるなどして、全部つなぎ合わせてスプレッドシートに落とし込んだりしています。
広瀬:以前、スプレッドシートを使っていましたが、計算式が崩れたり、誰かが触ると混乱することもありましたし、またシートやファイルが散乱してどこに何があるのかを見つけるのも一苦労でした。
例えばKPIを追加・削除しようとした場合、関連する箇所をすべて修正する必要があったりして大変でした。また、人が退職した場合、管理が困難になることもありますよね。スプレッドシートは属人的で再現性の低さが難点で、それゆえに僕らはスケールクラウドを立ち上げました。しかし、スプレッドシートは学習コストが低いため使い勝手がよいからこそ、ライバルだと感じています。
属人性を下げたい、またはシステム化したいと考えているなら、スプレッドシートからは脱却しなければならないと思います。大谷さんの会社のようにシステムを作るのはハードルが高いですが、仕組みづくりは必要だと思います。
経営側・事業側とのコミュニケーション
広瀬:最後の質問です。経営サイドと事業部サイドの架け橋になる存在として、経営企画はとても重要ですよね。事業部からの情報を集約しつつ、経営サイドにレポーティングして意思決定をサポートする役割を果たしているかと思います。その架け橋となる存在として、お二人は両サイドとどのようにしてコミュニケーションを取っているのか、また注意点などを教えていただけますか?
大谷:非常に難しい質問ですが、一言で言うと「警察と泥棒を同時にやる」ようなものです。我々の立場は、相反するものに同時に取り組まなければならない難しい立場で、異なる目的を同時に達成する必要があります。
荒山さんとは異なるのですが、我々のところは事業部の経営企画も吸収しており、私自身は経営サイドとのコミュニケーションを深めることができる状況にありますが、全体を見ている側と、事業部との間でコミュニケーションを取る事業経営企画担当の人たちは、難しいバランスの中で作業を行っていると思います。
私から伝えていることは、所属は私のところだけれども私や経営のことは気にせず、事業側に100%コミットして仕事を進めてくださいと伝えています。彼らが両方のバランスを取るとどこかで破綻するため、僕と彼らの間でしっかりと牽制を効かせながらバランスをとっていくことが大事だと思います。
荒山:立場や役割の違いによるプライオリティの違い、利害関係の対立などは、どの企業にも存在します。当社でも、グループ側の視点で判断しなければいけない部門と、各事業での観点で考えなければいけない部門とでは、時に優先順位や利害が異なることもあります。そこは、お互いの立場を尊重しなければいけないと思っています。
もともと事業側にいたメンバーも、もともとグループ側で活動していたメンバーもいるため、お互いの立場を尊重して「全社最適としてはこうだよね」というところを合意しながら進めることを意識しています。
大谷:グループ間でローテーションはよく行っているのですか?
荒山:一定程度あります。グループ側にいたメンバーが事業側に来た場合は「事業側としてはこうだけど、グループ側としてはこうなんだよね」のようなところを理解しながら会話ができるため、そこは助かっています。なるべくグループの論理だけでものごとを進めないように、常に全社最適を追求し、お互いの許容できる範囲で最適解を探しています。
広瀬:まだお話は尽きないですが、また機会があれば今日の続きを議論しましょう。お時間になりましたので、このセッションを終わりたいと思います。ありがとうございました。
監修者
広瀬好伸
株式会社Scale Cloud 代表取締役社長
プロフィール
京都大学経済学部卒、あずさ監査法⼈にてIPO準備や銀⾏監査に従事。
起業後、公認会計⼠・税理⼠として、上場企業役員、IPO、M&A、企業再⽣、社外CFOなどを通じて600社以上の事業に関わる。
公認会計士、 IPOコンサルタント、社外役員として計4度の上場を経験。
株式会社i-plug社外役員、株式会社NATTY SWANKY社外役員。
成長スピードの早い企業におけるKPIマネジメントやファイナンス、上場準備や上場後の予算管理精度の高度化といった経験を踏まえ、KPIのスペシャリストとして、日本初のKPIマネジメント特化SaaS「Scale Cloud」の開発・提供やコンサルティングに注力。
従来のマネジメント手法を飛躍的に進化させ、企業の事業拡大に貢献中。
講演実績
株式会社セールスフォース・ドットコム、株式会社ストライク、株式会社プロネクサス、株式会社i-plug、株式会社識学、株式会社ZUU、株式会社あしたのチーム、ジャフコグループ株式会社、トビラシステムズ株式会社、株式会社琉球アスティーダスポーツクラブなどの主催セミナー、日本スタートアップ支援協会などの経営者団体、HRカンファレンスなどのカンファレンス、関西フューチャーサミットなどのスタートアップイベントなどにおける講演やピッチも実績多数。
論文
特許
「組織の経営指標情報を、経営判断に関する項目に細分化し、項目同士の関連性を見つけて順位付けし、経営に重要な項目を見つけ出せる経営支援システム」(特許第6842627号)
アクセラレーションプログラム
OIH(大阪イノベーションハブ)を拠点として、有限責任監査法人トーマツ大阪事務所が運営するシードアクセラレーションプログラム「OSAP」採択。