ARR70億円を超えても解約率を改善できたユーザベースのKPIマネジメントとは

2022.07.04
ARR70億円を超えても解約率を改善できたユーザベースのKPIマネジメントとは

* ユーザベース 2022年12月期 第1四半期 決算説明資料より

SaaSビジネス関係者から注目されている、一枚の決算説明資料があります。

ユーザベースが提供する企業・業界情報プラットフォーム「SPEEDA」の解約率推移を示したグラフです。

特筆すべきは、ARR70億円を超える規模のSaaSプロダクトにも関わらず、月次の解約率が2020年12月時点の1.3%から、直近0.9%までの改善がなされている点。

「たかが0.4%」の違いと思われるかも知れませんが、この改善があるかないかで、サービスの生涯収益を表すLife Time Valueは1.4倍の大きな差が生じます。

2016年に上場を行い、SPEEDAやFORCAS、INITIALなど様々なSaaSプロダクトを提供するユーザベースは、どのようにKPI設定を行い、現場で運用を行っているのでしょうか。

KPIマネジメントツール「Scale Cloud」を提供する株式会社Scale Cloud代表 広瀬好伸が、ユーザベース執行役員CFO 千葉大輔氏にインタビューし、知られざるKPI運用の実際を聞きました。

ARR100億円に達したユーザベースグループKPI運用の実際

——— ユーザベースグループのKPIはどのように設計されていますか

千葉氏:ユーザベースではSPEEDAなどのBtoB SaaSと、NewsPicksというBtoC メディアの二つのプロダクトを提供していて、両者で追いかけているKPIは大きく異なります。

どこまでをカウントするかによりますが、SaaS側では1プロダクトあたり約20個の指標を主要KPIとしています。SPEEDAやFORCASなど、各SaaSごとにそれらを管理しているため、SaaS事業全体としては約100個のKPIを追いかけていることとなります。

一方、SaaSとメディアではプロダクトの性質が大きく異なるため、SaaSと同じマトリクスにメディアを組み込むことはできません。またNewsPicksはサブスクリプションや広告など、異なるビジネスモデルから構成されており、その点にも注意しながらKPI設計を行っています。

例えば有料会員からの収益に着目した場合は、広告費をいくらかけて、顧客獲得単価がどのくらいかかり、そのうちの何割がサブスクリプションの契約に至るといった具合にファネルで考えます。

一方で広告収入には広告によるリード獲得ということは意識していなく、広告商品ごとに単価のバラつきがあるため、単一プロダクトで顧客獲得により売上を積み上げるSaaSとは設計が異なります。

——— 企業がKPIを設計する際には、指標を可能な限り分解し、その中から重要な項目に絞り運用することをScale Cloudでは基本と考えています。ユーザベースはいかがでしょうか。

千葉氏:指標を因数分解しすぎた場合には、一つ一つの指標の影響力が小さくなりすぎてしまいますし、結局追えなくなるので、着目すべき項目をどれくらいの大きさに留めるかは、KPI設計において一つの重要なポイントとなります。

指標を絞る感覚は、トーナメント表を見るときの感覚に似ています。

トーナメント表を上から追っていた時にベストいくつまでに注目するのか。さらにその注目度合いはトーナメントブロックごとにも異なります。例えば第一ブロックではベスト16まで注目するが、第二ブロックではベスト8まで見れば十分といった具合です。

そしてその注目度合いを決める基準に、普遍的な最適解はありません。なぜならプロダクトの性質やフェーズに大きく左右されるためです。

一つの指標をやみくもに追いかけ続けるのではなく、状況を見ながら常にKPIの重み付けを切り替えていかなくてはなりません。これまで指標が減ることはないにしても、その重みづけが変化したり、新たな課題に直面した際に指標が増えることを私は何度も経験してきました。

——— 日々ビジネス状況が変わりゆくスタートアップにおいてどのように重点管理するKPIを変えていけばよいのでしょうか。

千葉氏:同じSaaSであるFORCASとSPEEDAの間でも、事業ステージが異なるため、重視してきたKPIは異なりました。

FORCASの立ち上げ当初はグロースに重み付けをしており、単価固定でアカウント数の増加管理が初期の最重要指標となり、その後継続率が重要な指標です。

クライアントの割合も、スタートアップ・中堅企業からエンタープライズに変化したため、その間でも見るべき対象を調整しました。

SPEEDAはその逆で、金融機関などのエンタープライズに対して売るところから始まり、その後、大企業、中堅企業に向かいました。当初の顧客層は似たようなサービスを使っていたため、チャーンが非常に低かったのですが、事業会社に領域を広げるとチャーンが増え、その低減を図ることが課題として出てきました。

ユーザベースが採用するキャパシティモデルとフォーキャストモデル

千葉氏:また別のケースとして、ファネルがうまく稼働し、成約まで至っていたにも関わらず、フィールドセールスの数が不足していたために成長スピードが伸びないことがありました。プロダクトが成長し良質なマーケティングをしているにも関わらず、採用の質と量がうまくいかないために売上目標に対しショートしかけている状況です。

この経験から、営業員一人当たりの生産性を考慮し、売上目標を達成するために必要な営業人員の数についての変数も指標に組み込むこととしました。

このモデルを「キャパシティモデル」と呼んでいます。キャパシティモデルを用いることで、例えば採用が1ヶ月遅れると数ヶ月後の売上が後ろにずれるという目算が立ちます。

このように社内では、リード獲得から成約までのファネルを基にした「フォーキャストモデル」に加え、実際に販売が行える人員数を採用のリード数にまで落とし込んだ「キャパシティモデル」、二つのモデルを用いています。これらのモデルが売上予測の精度を高めるときに用いています。

——— 売上成長が営業人員と相関していることを見極め、採用数自体もKPIとして連動させ管理しているのですね。

千葉氏:成長段階の企業において、営業人数を維持したまま一人当たりの商談数を増やすという考え方には限界がきます。基本的には母数を増やす必要がある。

さらに事業規模の拡大に応じて採用が求められるのはレベニュー組織に限った話ではなく、コーポレート側にもキャパシティモデルを組み込んでおり、このモデルに基づいて経理や法務などの採用も行っております。

さらに付け加えると、ただ母数を増やすだけでなく、採用者のオンボーディング期間も考慮する必要があります。入社初月で最大の生産効率は発揮できないため、採用のリードタイムや獲得までの習熟期間もモデルに入れ込まなくてはなりません。

ARR70億円のSaaSが0.4%のチャーン改善を出来た理由

千葉氏:チームで解約率に対して取り組んだ結果です。つまり特定の部門のみが取り組みを行うのではなく、総合力が必要です。直近のIRで解約率を下げることができた要因は、もちろんCSの成果も十分にありますが、それだけではありませんと伝えています。

例えばセールスが、must haveで使っていただけるであろう顧客に絞って営業を行ったということも影響しています。SPEEDAは使い勝手が良いので、広い領域で利用可能なプロダクトです。しかし全ての顧客がSPEEDAの機能をフル活用できるわけではありません。

顧客にプロダクトが深く刺さるかを十分に見極めたうえで「時には売らない」という判断を行いました。

解約可能性が高い顧客の精査も徹底的に行いました。具体的には、解約されやすいユーザーのログイン頻度や活用ケース、業種など、チャーンに対する先行指標を見直しました。そのような解約可能性の高い顧客に集中してCSが対応したことも、今回の結果に寄与しています。

解約率に対しては、各部門が各々にKPIを追い求めるのではなく、全社目標と各部門の目標を結び付けることが重要です。特に成長フェーズのプロダクトでは、新規顧客を獲得さえできればその質は問わないという話に陥りがちなので注意が必要です。

部門横断の目標設計を行う際には、二律背反する目標や時間軸の違いが部門間に多くあることに注意する必要があります。

その年に積み上げた売上はその期に反映される一方で、チャーンはその翌年以降に反映されます。たとえ顧客の質が悪くとも年内にチャーンが発生することはありません。逆に顧客の質が良いとその後のアップセルが期待できます。

このようにチャーンやアップセルなどの指標は、それがなぜ生じたかをモニタリングすることが難しくなります。このような結果指標に対して適切な先行指標を定めることで、どのKPIに責任を持たせると事業が回るかまで考える必要があります。

先行指標と結果指標を区別して管理する重要性

——— SPEEDAの解約率を下げた取り組みをお話いただきましたが、その際解約率に対してどのような先行指標を用いていたか、より具体的に教えていただきたいです。

千葉氏:さまざまな取り組みを行っていますが解約率の先行指標についてはまだ決定打がないのが正直なところです。現在は2つ3つの先行指標を設定し、PDCAを回しています。

これまでに分かったことは、FORCASでは一定期間利用されると解約率が著しく下がる相関が見えてきました。その利用期間を達成するためには何が必要か、といった具合にブレイクダウンしながら考えています。

SPEEDAでは金融機関やプロフェッショナルファームからの解約が少なかったこともあり、解約率に着目し始めたのは事業会社に領域を広げた最近のこととなります。

解約された原因を言語化をし、それらをグループ化することで指標を定めることに今は取り組んでいます。予算の縮小や担当者の異動などによる解約を外れ値として認めるのかどうかは、設計として難しいところだと感じています。

——— そのほか注目する先行指標はありますか

千葉氏:指標化しにくいところですが、今やらなくてはならないと考えているのが、他社の状況や、いわゆるマクロ状況を踏まえた判断軸が必要だと考えています。

外部環境の変化が激しいので、その状況から先行指標を変更したり、前提を変えたり、柔軟な対応が求められると思います。また顧客の動向を正しく理解出来ていないと判断を誤る可能性が高い状況だと思います。

コロナ禍に入ったばかりの頃のユーザベースは、オンラインマーケへのリソースの切り替えのスピードや、オンラインでのリード獲得能力、品質に長けていました。ただ2年経つとその流れに乗り遅れたプレイヤーたちも追いついてくるので、今は市場が混み合っています。

こうなると2年前と今では戦い方が大きく変化しなければなりません。CACなどを含め、他者の状況も踏まえながら戦略を練っていくことが今後求められるのではないでしょうか。

(インタビュー 聞き手:株式会社Scale Cloud 代表取締役 広瀬 好伸)

(企画・執筆・編集:企業データが使えるノート アナリスト 早船 明夫)

(執筆サポート: 企業データが使えるノート リサーチャー 堀ノ内 友馬 )

監修者

広瀬好伸
株式会社ビーワンカレッジ 代表取締役社長

プロフィール

京都大学経済学部卒、あずさ監査法⼈にてIPO準備や銀⾏監査に従事。
起業後、公認会計⼠・税理⼠として、上場企業役員、IPO、M&A、企業再⽣、社外CFOなどを通じて600社以上の事業に関わる。

公認会計士、 IPOコンサルタント、社外役員として計4度の上場を経験。
株式会社i-plug社外役員、株式会社NATTY SWANKY社外役員。

成長スピードの早い企業におけるKPIマネジメントやファイナンス、上場準備や上場後の予算管理精度の高度化といった経験を踏まえ、KPIのスペシャリストとして、日本初のKPIマネジメント特化SaaS「Scale Cloud」の開発・提供やコンサルティングに注力。
従来のマネジメント手法を飛躍的に進化させ、企業の事業拡大に貢献中。

講演実績

株式会社セールスフォース・ドットコム、株式会社ストライク、株式会社プロネクサス、株式会社i-plug、株式会社識学、株式会社ZUU、株式会社あしたのチーム、ジャフコグループ株式会社、トビラシステムズ株式会社、株式会社琉球アスティーダスポーツクラブなどの主催セミナー、日本スタートアップ支援協会などの経営者団体、HRカンファレンスなどのカンファレンス、関西フューチャーサミットなどのスタートアップイベントなどにおける講演やピッチも実績多数。

論文

『経営指標とKPI の融合による意思決定と行動の全体最適化』(人工知能学会 知識流通ネットワーク研究会)

特許

「組織の経営指標情報を、経営判断に関する項目に細分化し、項目同士の関連性を見つけて順位付けし、経営に重要な項目を見つけ出せる経営支援システム」(特許第6842627号)

アクセラレーションプログラム

OIH(大阪イノベーションハブ)を拠点として、有限責任監査法人トーマツ大阪事務所が運営するシードアクセラレーションプログラム「OSAP」採択。

取材実績

日本経済新聞、日経産業新聞、フジサンケイビジネスアイ、週刊ダイヤモンド、Startup Times、KANSAI STARTUP NEWSなど。

著書

『飲食店経営成功バイブル 1店舗から多店舗展開 23の失敗事例から学ぶ「お金」の壁の乗り越え方』(合同フォレスト)

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