攻めと守りのIR戦略|経営企画カンファレンスイベントレポート
2023.7.8
<スピーカー>
マーケットリバー株式会社 代表取締役/元楽天IR部長 市川祐子氏
Lawyer’s INFO株式会社 取締役COO 重松英氏
<ファシリテーター>
FiNX株式会社 代表取締役 後藤敏仁氏
イントロダクション
広瀬好伸氏:それではセッションを始めます。テーマは「攻めと守りのIR戦略」です。スピーカーは、マーケットリバー株式会社の代表取締役の市川さん、Lawyer’s INFO株式会社の取締役COOの重松さんです。ファシリテーターはFiNX株式会社の代表取締役の後藤さんになります。それでは後藤さん、よろしくお願いします。
後藤敏仁氏(以下、後藤):このセッションは「攻めと守りのIR戦略」というタイトルでお届けします。本日は攻めのメンバー中心かなという印象ですが、最初にマーケットリバーの市川さん、そして以前は株式会社ツクルバにお勤めで現在はLawyer’s INFOの重松さん、それぞれ簡単に自己紹介いただければと思います。お二人ともIR業界では有名で、名前を知っている方も多いと思います。最近どういった活動をされているのかも含めて、自己紹介いただけますでしょうか?
市川祐子氏(以下、市川):マーケットリバーという会社でIRのコンサルティングを行っており、最近はESGに関連していろいろなセミナーを開催しています。2019年に、楽天株式会社(現・楽天グループ株式会社)で12年間IRに携わっていた奮闘記をまとめた『楽天IR戦記』を出版しています。これを読んでくださっている方が非常に多く、ありがたく思っています。
後藤:IRを担当する際に最初に読んだ本です。
市川:ありがとうございます、大変うれしいです。また昨年、『ESG投資で激変!2030年 会社員の未来』という本も出しました。これがきっかけで、サステナビリティやガバナンスといったテーマで、大学などいろいろなところで講演もしています。
後藤:市川さんのIRコンサルティングはどういったものなのでしょうか?
市川:オーダーメイドみたいな形で、資料をチェックしてほしいというケースもあれば、チーム作りについてのアドバイスをしたり、また上場したばかりで何から始めればよいのかわからないという相談までいろいろありますが、まだ模索しながら取り組んでいます。
後藤:割と個社ごとの課題に合わせて対応されているのですね。
市川:だんだんお客さまが増えて受けきれなくなってきておりますが、できる限り相談に乗りたいですね。
後藤:相談したい方は今のうちに早めにお声がけしたほうがよさそうですね。
市川:同業者も最近たくさんいらっしゃるので、紹介させていただきます。
後藤:ありがとうございます。次に重松さん、お願いします。
重松英氏(以下、重松):Lawyer’s INFO株式会社で取締役COOを務めています、重松と申します。元々は弁護士でしたが、2019年に東証マザーズに上場したばかりの株式会社ツクバに法務として入社しました。上場直後に入社し、同年12月からIRを担当することになったのですが、IRが非常におもしろく、徐々にIR中心の活動へとシフトしていき、2022年8月からはIRだけ担当するようになりました。
ツクルバという会社は小型株であまり知られておらず、予算も限られていたため、SNSを使ったり、個人投資家向けの勉強会を開いたり、IFA(インディペンデント・ファイナンシャル・アドバイザー)に積極的にアプローチするなど、従来の機関投資家中心のIRとは違ったことを進めてきました。特にnoteを使った企画やTwitterを活用したIR系アドベントカレンダー、IRマガジンの創刊など新しい試みにも挑戦し、そうした活動が評価されて、日経新聞でも2回ほど取り上げていただいたことがあります。
そうしたIRについての試行錯誤をたくさん繰り返し、今はツクルバを退職して弁護士業や弁護士の人材紹介業を行いつつ、IRをライフワークとして続けています。また後藤さんと一緒に「IR向上委員会」の運営にも携わりつつ、再現可能な形のIRを追求したり共有したりしています。さらに、上場企業やIPO準備企業のアドバイザーのような形でコンサルティングも行っています。
後藤:行動力が素晴らしいですよね。本当にすごいです。僕も中小型でIRを担当していたときは、予算が十分でない中で、どうしたらよいのか悩みながら進めており、市川さんの書籍も参考にさせていただきました。また、SNSを使ったIR活動は東証に怒られるかもしれないと思いながら実施していましたが、今ではそれがスタンダードな手法になりつつあります。そんな中、重松さんもかなり攻めていた印象があります。今日はたくさんおもしろいお話を聞けるかなと思います。
では、僕も簡単に自己紹介させていただきます。2022年1月までトビラシステムズ株式会社という会社でCFOを務めていました。その後独立して、FiNX株式会社を設立し、IPO支援やIR支援などを行っています。
IR関連では、特に事業目的としては行っていないのですが、月に1回くらい「勉強会+懇親会」という形で「IR向上委員会」というイベントを開催しています。気楽に参加いただける会ですので、まだ参加されていない方がいらっしゃればぜひご参加ください。
投資家とはどのような人か
後藤:IRは、最初は何をすべきか見つけ出すのが難しい業務だと思います。そのように悩んでいる企業や担当者の方も多く、そういう相談も多いのではないでしょうか? まずは市川さんに、経営戦略とIRストーリーの作り方についてうかがいたいと思います。その後、重松さんには、予算も少なく、特に中小型株では担当者が他業務と兼務であったりといった状況の中、知恵と勇気でどこまで攻めることができるのかについてお話をうかがいたいと思います。
IRの業務は、何をすべきかという問題だけでなく、誰に向けて何を発信するかという問題もあるため、最初に投資家の理解について話すことが重要だと思います。この点について、どう思われますか?
市川:まず、投資家とはどういう人たちなのかからお話を始めたいと思います。投資家は大きく分けて、機関投資家と個人投資家の2つに分けられます。機関投資家とはどのような人たちなのかからお話しさせてください。
機関投資家とはプロの投資家で、年金基金や投資信託というかたちで個人からお金を預かり、その資金を使って企業に投資する立場の人たちのことです。よくある誤解ですが、投資家が「金の亡者」のように描かれ、たくさんお金を持っている人がさらに儲けようとしている「強欲な人たち」というイメージがあるかもしれません。しかし機関投資家は、自分のために運用しているわけではなく、その後ろには年金基金や投資信託があるわけで、つまりみなさまのために運用しているわけです。
そのため、機関投資家は一定の規律を持って運用を行っており、例えばGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に代わって運用している場合もあります。
個人が株主になる場合もありますが、機関投資家の背後には実は個人投資家が存在し、最終的な受益者は私たちなのです。だからこそ、お金の出し手の価値観、資金の性質やリスクの許容度、投資期間の長さなどによって機関投資家の投資方針も変わってきます。それでは、日本の企業の株主はどのような人なのでしょうか?
この資料は昨年3月末の状況をもとにしたものですが、実は日本株の30%は外国人株主で、国内の金融機関で背後に年金基金や投資信託がある機関投資家が30%、個人投資家が17%となっています。つまり、海外の株主がかなり多いわけです。
ただし、海外から見ると日本は多くの国の中の1つであり、日本の上場企業は約4,000社も存在するため、すべての企業を調べて投資するのは効率的ではありません。日本以外の国々、例えば中国やシンガポールの企業も調査しなければならないため、海外機関投資家はある程度大きな企業だけを調べて投資したいと考えています。
具体的には、時価総額が300億円以上の企業が海外機関投資家の投資対象となりますが、これは上場企業の半分程度に相当します。一方、国内の金融機関の機関投資家は時価総額100億円くらいの企業から対象にしており、約2,500社から3,000社くらいあります。また、時価総額が100億円未満の企業は1,000社程度ありますが、そこの主体が個人投資家になります。
投資家の構成は企業によって大きく変わります。海外機関投資家が多い企業もあれば、国内の金融機関や個人投資家が主体となる企業もあります。IRの対象という意味では、大型株になればなるほど海外機関投資家が多く、中小型になればなるほど個人投資家が主体となる傾向があります。
国内外での機関投資家の違い
市川:次に、海外と国内の機関投資家にどのような違いがあるのか見てみましょう。お金の出し手の価値観や余裕度によって異なるのですが、例えば日本の機関投資家は投資期間が1年から3年と短期的な視点で投資します。一方、海外の機関投資家は超短期のヘッジファンドもあれば10年から20年の長期的な視点を持つ資金の豊富な投資家までさまざまですので、その視点で、どういうところにアプローチすべきかも考える必要があります。
後藤:私は、東証が発表するウィークリーのプレーヤー別売買動向をよく参照していました。このデータを見ると、外国法人、国内金融機関や事業法人等が全体の取引量の大部分、およそ80%程度を占めています。ただし、売買代金ベースで活発なのは外国法人と個人で
国内の事業法人はそれほど売買活動を行っていません。したがって、出来高を形成するとなると、大部分が外国法人や個人投資家によるものになります。特に中小型株については外国法人にとっては手が出しにくいため、売買代金を作っていくとなると個人中心での組み立てになる印象です。
市川:その点は非常に重要です、取引高ベースで見ると、プライム市場では外国法人が67%ほど、個人が30%、国内金融機関が5%から7%ほどです。一方、スタンダード市場やグロース市場は、外国法人が30%、個人が70%、国内金融機関が2%程度となります。
後藤:「日本のマーケットは海外機関投資家が70%」とよく言われますが、それは主にプライム市場の話で、解像度を上げて分解していくと実はスタンダード市場やグロース市場は個人投資家が中心です。
市川:スタンダード市場やグロース市場にも海外機関投資家が30%くらいいますが、大きな時価総額を持つ企業に集中しています。そのため、ある程度時価総額が小さいところは個人投資家が非常に重要となります。また、海外機関投資家は順張りの傾向がありますが、個人投資家には逆張り的な投資スタイルを持つ人々が多く、価格が上がったら売り、下がったら買うという行動を取ることが多いです。時価総額が大きい企業でも、個人投資家は一定の影響力を持つと思います。
後藤:最近では個人投資家でも、投資についてしっかりと勉強して資産を増やす人々が増えてきています。実際に、個人投資家でも1回のロットの大きさが機関投資家クラスの方もいますので、そのような人々の投資視点はもはやプロフェッショナルと同じと言えるでしょう。
市川:そうですね。企業の適時開示情報をしっかりと見て緻密な分析を行う人々が増えています。
後藤:「個人投資家は怖い」というイメージも持たれていますよね。例えば企業に直接電話してきて「配当を上げろ」などと言ってきたりする方もいます。そうした方も一定数存在しますが、自ら決算や企業の中身をしっかり見て投資する方が増えていると感じています。
市川:特に株主総会での質問が変化してきています。新型コロナウイルスの影響でオンライン開催が増えたことも一因かもしれませんが、株主総会での個人投資家の質問のレベルが上がっており、業績についてだけでなく、ガバナンスや財務戦略についても深く考えた質問が増えてきています。
個人投資家は遠ざける存在ではなく、むしろ味方を作るという考え方のほうが有益です。とある企業ではIR説明会を開催したところ、最後には「応援祭り」のような状態になったというお話も聞いたことがあります。
個人投資家の重要性
重松:個人投資家とのコミュニケーションを積極的に行ってきた経験を共有していきたいと思います。当初、個人投資家というと「電凸してくる」といったイメージや「イナゴ」と言われるような非常に短期的な視点の投資家というイメージがありました。しかし、個人投資家と向き合っていくと、そうではないことがわかりました。
中小型株の売買代金としても、特に個人投資家に注力すべきだと感じています。最近では個人投資家の勉強会が活発化しており、我々の中で「3大投資勉強会」と呼んでいるのですが、「Kabu berry」「神戸投資勉強会」「湘南投資勉強会」という有名な勉強会もあります。そういった場では、プロフェッショナルと同じくらい深い分析を行う個人投資家がいて、運用資産額がファンドに匹敵するほどの人もいます。
そういった方々と直接触れ合うことで私たちの視点も変わってきますし、その視点に触れて「我々もこのように情報発信しなければいけないな」といったことを学ぶこともできるわけです。特に小型株はそうしたコミュニケーションが必要で、そうしないと出来高が増えませんからね。IPOした当初は株価が好調だった企業でも、その後、出来高が徐々に下がるケースも珍しくありません。そのため、どのようにアプローチし、どのように情報発信を行うかは大切だと考えています。
インターネットが普及して情報共有が容易になり、また政府が資産運用や資産形成の重要性を発信していますので、個人投資家側もしっかりとそれをキャッチするようになりました。このような状況では、IR側もアップデートを怠らないよう努める必要があると感じています。
後藤:普通のビジネスもそうですが、相手を理解することは非常に大切です。機関投資家も個人投資家も、直接触れ合って本音で話すことで物事の見方が変わると思います。例えば僕は「Twitterスペース」で、個人投資家が主催する勉強会を聞いたりもしていますが、アカウントで名前が出ているためこっそり参加することができず、「あ、後藤さんが来た」などと言われたりもします。
また、オンラインの個人投資家の集まりにも顔を出したりしています。リアルな場は少し気が引けるのですが、オンラインのものは気軽に参加できて参考になることも多いため、Twitterなどでいろいろなところをフォローしてイベントに参加するとおもしろいと思います。
そういえば、Kabu berryにもよく来てる方が1、2ヶ月くらい前に「Twitterスペース」でとある銘柄について、次の決算をまたぐかどうかを熱く語られていました。「次の決算で成長率が30%くらいだったらたたき売りだ」みたいなことを言っており、僕は「成長率30%でたたき売りなんて勘弁してくれ」と思ったのですが、その人は信用倍率を見てそういう判断をしていました。
需給バランスはなかなか見落としがちで、発行体はあまり意識しないところですよね。勉強会に顔を出すようになって、「みなさん、そんなところを見ているのか」という気づきがありました。「なんで決算がよかったのにこんなに下がってるのか」「毎回決算がよくても下がる」みたいなことがあると思いますが、期待値を煽りすぎているかもしれないですし、期待値が上がっているから信用倍率が上がっているかもしれないし、少し「フカしすぎ」かもしれない。逆に、全然株価が伸びていないとすると認知が低いかもしれない、といった形でヒントになったりもします。本当に独特な視点を持っていますね。
また、「中の人なのか」というくらい調査している方もいます。「この借入状況だとこうなる」「これだけ現金を持っているから、あと数年分くらいは配当を出せる」など、内部の人間ではないかと思うくらい細かいことを知っている方もいます。
市川:個人投資家は背負っているお金が自分のものですので、本当に自分の判断だけで投資できますから、そういう意味で言うといろいろな視点の方がいます。しかし、機関投資家は自分がよいと思っても会社を説得しなければならず、欲しくても買えなかったりしますので、本当に自分がよいと思ったら買えるところが個人投資家の特徴ですね。
また、さきほど重松さんがおっしゃった出来高のところがポイントで、機関投資家にとってはある程度の出来高がなければ自分の売買で株価がすごく動いてしまうところがあります。例えば1日で1万株しか取引されていない銘柄を、いきなり2万株も買うわけにはいきませんよね。そうすると10万株、100万株と大量に取引されている銘柄を買うしかないわけです。つまり、機関投資家が入る前に出来高があることが重要で、「出来高を作るためにはまず個人投資家」というわけです。また、個人投資家向けのIRをたくさん実施すると、株価より先に売買高が跳ねるケースもけっこうありますので、出来高を作るためにまず個人投資家向けの施策に取り組むべきです。
後藤:ちなみに僕は、インサイダーにあたらない、自分とあまり関係のない企業の銘柄を勉強目的で自分で買ってみることをおすすめしています。100万円くらい投資しようと思ったときに、単元あたりが1000円前後だとすると10単元くらい買わないといけません。それを成行注文で買うと価格がすごく上がってしまいます。「買ったらすごく上がってしまった」ということはよくあるため、じっくりと張り付いて買わないと買えないわけで、実際に買ってみると「出来高や売買はこうして作られるのか」という感覚がわかると思います。
私自身、自分が発行体にいた場合はさておき、投資家としてのスキルはまだまだ未熟で、個人投資家の方の視点は非常に勉強になります。まさに、投資は学びの機会です。実際に行動に移して初めて、そこから学びが生まれると思います。
経営戦略とIRストーリーの作り方
後藤:ここからは、市川さんに経営戦略とIRストーリーの作り方についてお話しいただければと思います。
市川:経営戦略とIRについてですが、まず、本日参加している方の多くが経営企画であるという前提でお話しします。投資家の仕事は、企業の本源的な価値を理解し、それを発見することです。しかしながら、価値と株価は必ずしも一致しません。価格は取引の結果であり、必ずしも企業の真の価値を反映しているわけではありません。投資家は、割安だろうという会社の株を買って、企業の価値より株価が高くなったと感じた場合には割高だと考えて売却します。これを考えると、企業の将来が非常に重要な要素となります。
DCF(割引後のキャッシュフロー)を事業価値の本質だとすると、未来のキャッシュフローがどうなるかをIRが伝えるわけですが、経営企画の担当者は一般的に中期経営計画を担当していると思いますので、将来どのような要素が企業の方向性を決定するのか、また将来のビジネス環境がどのように変わるのかを考えるのが経営企画の役割ということを理解した上で、その情報をIR担当者に伝えていただき、IR担当者が投資家に伝える形がよいと思っています。
私は、投資家の頭の中にはスプレッドシートが存在していると考えています。そのスプレッドシートには、将来のキャッシュフローの割引後の現在価値の総和が企業価値という考え方があり、よい戦略を話していると投資家の期待感が高まり、反対にリスクが増えたと見られたら期待感が下がるといった具合に、投資家の頭の中のスプレッドシートが変化するのだと思います。
また、経理寄りの方は特に「過去データが求められている」と思いがちですが、投資家は過去の延長線上にない未来の話を聞きたいわけです。それが経営戦略とストーリー作りの本質です。
IRを説明する際に、よく船のイメージでお話ししています。過去は船の軌跡、つまりトラックレコードだとすると、未来に向けて話すことが重要ですが、未来予測だけでなく、現在のユーザーの動向やKPIの変化などのデータを伝えることも重要です。今、KPIがどのように変わったか、平均単価がどのように変わったか、ユーザーのアクティブ率がどのように変化したか、その結果として将来どのように変わるのかといったかたちで、過去から現在、将来までをデザインするストーリーを作ることが重要です。そうすれば、投資家の頭の中のスプレッドシートが動くと思ってください。経営企画の担当者には、現在の変化が未来をどのように形成するのかを考えることに注力してもらいたいと思います。
後藤:どれだけ未来をイメージさせることができるかは非常に重要です。過去データは既にわかっていることであり、例えば「一過性のコストが発生しました」という情報は、将来的には除去されるもののためコストが圧縮されるという視点が得られるだけです。企業が将来どれだけ成長するのかの予測が立つKPIやその他のパラメータが重要ということですね。
また、相談されることが多いものとして、BtoBで大規模な親会社がある企業や特殊な事情であまり公にできない情報がある企業の場合、個人投資家に多くの情報を共有したいのですが許可が出ず、詳細なデータを提供できない場合もあります。
市川:そういった事例もあると思います。ただ、細かいデータを提供できないとしても、未来について何も言えないわけではありません。先ほど述べたように、過去から未来へと話を考えるにあたっては、ストーリーとしてまずパーパスがあって長期の環境があり、ビジョンがあって戦略や施策があるわけです。
何らかの理由で情報を公開できないということで、それらすべてを言わない企業もあります。しかし、少なくとも何を実現したいのか、なぜその事業なのか、地球環境や人口動向、技術革新がどのように変化するからその構想があるのかといった戦略や事業ポートフォリオは言えると思います。お客さまについて話すことができなくても、特定のエリアに焦点を当てた話は可能です。できればKPIを共有してほしいところですが、KPIについて言えなくても、例えば「DX分野に積極的に投資したい」といった定性的な話はできるはずです。そして、最終的には財務情報が出てきて情報開示まで行くのであれば、言えない事情があっても理解しやすい形になると思います。できることはする、できないことはしない、そのバランスが重要だと思います。
後藤:私が参考になると感じたのは、マーケット全体の動きを示すデータを活用している企業です。例えば「製造業は現在こういう動きで、上流産業はこんな形です」といった情報は一般的にも公開されているものですし、また上場企業であれば、大手の取引先が現在どのような状況かといった公開情報を提供できると考えています。積極的にIRに取り組んでいる企業では、適時開示資料や決算説明資料に直接記載しているかは別として、SNS等でこういったデータを公開しているところもあります。
重松:特に個人投資家からは、業界環境の情報が欲しいというニーズがあります。マクロな視点、また取引先についての情報など、公開できる範囲で情報を共有することが大切だと思います。実際、私も現役時代に株主へのヒアリングを行いましたが、「マクロな視点から将来どうなるのかというストーリーに共感している」というデータが得られました。そのため、自社のIRではマクロ環境の動きや、自社がどのようなユニークなポジションを持っているのかという視点を強調することが重要だと考えています。
後藤:私自身もさまざまな資料を見ていますが、将来予測に役立つ情報が豊富に記載されている資料に出会うと非常にうれしいです。逆に、過去の結果だけ説明しているものだと、どう進むのか理解できませんよね。これからIRをアップデートしていく際、発行体としては将来見通しに関する情報を発信するのは勇気が必要ですが、よくなるか悪くなるかに関わらず正確な情報を開示することが重要です。悪化する可能性のある事項を隠すのではなく、事業に直結する重要な情報はヒントとして提供していくべきだと思います。
市川:逆に、経営環境や市場環境をきちんと説明していれば、中期計画で具体的な数字を示さなくても成長率や利益率等でカバーできます。数字を出さなければいけないというよりは、きちんとストーリーを立てて、何を語るべきか、何を語るべきでないかを考えるのがよいと思います。
後藤:発行体側にも理解が広まるとうれしいです。私がIRを始めたときもそうでしたが、「IRは素晴らしいことを述べて株価を上げるものだ」という考え方が一部であるのではないでしょうか。
完全には否定しないですが、結局、一時的に期待値を上げてもすぐに業績が追いついてきてしまうと、期待以上の成果が出なければ結局下がってしまいます。逆に怖くて手が出しにくい銘柄になってしまったりするため、よいことをアピールするというよりは、先々悪くなるのであれば、早めに「悪くなりそうですよ」と伝えるのが大切です。実際、ニデック株式会社はこの点をとてもうまく実践しており、すべての情報を出し切ることで逆に株価が上がったりしています。KPIや見通しに関して、みなさまも同様に理解していただけるとよいですね。
市川:一般的な商品は買ったらそれで終わりですが、株は買った後にまた「売る」という行為が発生します。株は、できれば株価が上がってから売ってもらえる方がお互いにとってハッピーですが「売る」という選択肢が存在する以上、適当なことを言ってしまうと株が売られて結果的に株価が下がるわけですからね。IRはアピールではなく、あくまで真実を伝えることが大切です。
Twitterやnoteの活用
後藤:次に、重松さんにお話をうかがいたいと思います。重松さんは、SNSを活用したり、限られた予算の中でさまざまなアイデアを出していましたよね。
重松:市川さんからは大型株やIRのセオリーについてお話しいただきましたが、私は小型株のIRしか経験がないため、小型株でどのように攻めのIRを実践するかについてお話しするつもりです。具体的には、SNSを用いたIRの方法をお話しします。
私はTwitterやnoteなどを使ってIRを行ってきましたが、とても有効だと感じています。発行体からするとSNSを使うことがリスキーだと感じると思いますが、私の経験からすると、十分に利点があると思います。それについて具体的なメリットをスライドで説明します。
まず、「AISAS」、人々の購買行動モデルでご説明します。このモデルはインターネット時代における一般的な流れで、「認知」「興味・関心」「検索」「行動」そして購買後の「共有」という流れで、この中でSNSを利用することで認知拡大を図ることが可能です。
購買後に共有することで、ファンがさらにファンを増やすというムーブメントを作ることが無料でできます。特にIR予算が限られる小型株のIR担当者にとっては、工夫のしがいがあると思います。待っているだけでは、4,000社の企業の中に埋もれてしまう可能性がありますからね。
株価や売買代金、出来高を増やすためには業績が大切であり、これはみなさまが理解しているところです。しかし、多少よい業績を出したとしても、既に認知されている企業が勝つことが多いわけです。4,000社の中でトップレベルの業績を出すことは難しいですから、よい結果を出したときにしっかりと株を購入してくれるファンを作ることが重要で、そのためには無料でできるSNSが非常に有用です。
SNSは自分から能動的に情報を発信できる点も魅力です。みなさまが苦労して作成した決算説明資料は、ホームページや東京証券取引所のウェブサイトにアップしても、そこに訪問してもらわなければいけません。しかし、TwitterやnoteなどのSNSであれば、フォロワーにはポップアップで通知が届きます。これによって、決算発表など重要な情報をダイレクトに届けることができます。拡散力があれば、IRセミナーを自社で開催することもできます。外部の事業者に頼んで数十万円かけて開催するよりも、SNSを活用して無料で告知して開催できたほうがメリットがありますよね。
具体的な例をご説明します。まずはTwitterを活用したIRについてですが、Twitterはフロー情報として有用性があり、拡散力があります。また、株が好きな方や投資家、いわゆる「株クラ」もたくさんTwitterで活動しています。タイムリーな情報発信や双方向のコミュニケーションが可能なため、コンタクトの頻度が増えて好感度が上がることが期待できます。
例えば、株式会社ROBOT PAYMENTのIR担当者が投稿した決算説明資料や中計資料が評価され、その話がアナリストの長谷川さんを通じて拡散された結果、株価や売買代金に大きな影響が出たという事例もあります。SNSの活用は、このような相乗効果をもたらすと思います。
具体的なTwitter活用例をいくつか挙げていきたいと思います。最初はスパイダープラス株式会社のCFOが発表したIRイベントのツイートですが、1.8万回表示されました。このように、無料で1.8万人の人に告知できるのもTwitterの拡散力の一例で、その効果は絶大だといえます。この結果は、日頃からのコミュニケーションの積み重ねがあってこそだと考えています。
次の例です。株式会社Finatextの代表取締役社長CEOである林さんは、決算アフタートークを「Twitterスペース」で実施しました。投資家バーの運営者である上原さんと一緒に実施したのですが、インプレッションは2.8万回、またアフタートークを聞いた方は3,000人以上でした。通常のIRセミナーでは3,000人を集めるのは困難ですから、これもTwitter活用による大きな成果です。
後藤:ウェビナーでも100人集まったら素晴らしいですし、大手証券会社がIRセミナーを開催しても200人ほどしか集まらないでしょう。それでも費用が数百万円以上かかるわけですが、それが無料でできるのはすごいことですね。「Twitterスペース」は、ビジュアルがない音声のみのコミュニケーションという新しい形がおもしろいと感じています。
音声だけで説明を行うため、ビジュアルを使った説明は一切できません。しかし、それが逆にスピーカーの緊張を減らす効果をもたらし、よりフランクな会話ができるようになるのではないでしょうか。このような形式がもっと広がればおもしろいと思います。
市川:決算資料は手元にあるわけですから、別にビジュアルがなくても問題なく、手元で確認しながら聞けばよいだけですからね。
重松:次に、公開されているIRセミナーのQ&Aの例です。株式会社グッドスピードの取締役の松井さんはTwitterで積極的にIRについて語っているのですが、その結果、4.1万回のインプレッションでした。
通常、ウェブサイトや東証のページだけでは4.1万人にQ&Aを見てもらうことは困難です。しかし、積極的に情報発信し続けることで、その姿勢も伝わりますし、IRセミナーで出された質問を広く共有することは、フェアディスクロージャーの観点からも有用だと思います。
また、手前味噌で恐縮ですが、私が現役時代に行った4社合同のIRセミナーについてお話ししたいと思います。これはオンラインとオフラインを融合した形で、個人投資家向けに行いました。
ユニークユーザーで120名が参加したのですが、Twitterなどの拡散のみで実現したもので無料で実施しました。IR支援業者に頼んだら数十万円かかると思いますが、SNSを日頃から活用して積み重ねていくことで、こういったことが可能になるわけです。
後藤:このような企画は本当に素晴らしいですね。
重松:これは不動産セクターを集めて実施したものですが、1社だけではその会社に興味がある人しか参加しなくても、似たような業界に興味を持つ人が集まれば、他の会社にも興味を持つ可能性があります。このような「コ・クリエーション」もできるわけです。日頃からSNSで活動しているからこそ信頼関係があり、横のつながりができてこのような企画が可能になったりします。
市川:機関投資家向けには、証券会社が「インターネットカンファレンス」「小売カンファレンス」「テクノロジーカンファレンス」のようにセクターごとに企業を集め、関心がある機関投資家を集めることはありますが、そのような企画は大企業でなければ困難です。中小企業がこれを実現するには、自社で企画するか、個人投資家向けに特化した企画を考えるなどの工夫が必要ですよね。
後藤:工夫次第でさまざまなことが可能になるわけです。2020年ごろ、リアルでのイベント開催ができなくなったときに「クラブハウス」が盛り上がりましたが、「Yahoo!ファイナンス掲示板」のユーザーと発行体が直接対話するという画期的な企画がありました。それぞれがコメントを見ながら話すという形式は非常に新しく、とてもおもしろかったです。
この企画は以後は見かけなくなりましたが、すごく斬新なことをするなと驚きました。まさに思考の転換です。
市川:「これは関係ない事柄です」「今はこれに注力しているのは事実です」といった話ができますから、情報発信しようという姿勢が示されてとてもよいですね。
後藤:間違った噂が流れた時など、事実とは違うときにしっかり説明を行うことが大切です。私もコメントを見て誤解が生じていると感じた時は、説明資料を作成して誤解を解くように努めました。
重松:ここからはnoteの活用についてお話しします。昨年はTwitterが盛り上がっていましたが、今年はnoteが主流になると個人的に思っています。Twitterの情報はフローでしたが、noteはアセットとしての有用性があると思っています。
情報発信する際、行間を埋める形が最も効果的だと思っており、ある投資家からのフィードバックでは「これくらい詳しく書かれていると、得るものがある気がする」というコメントもいただきました。
そのような点がNoteの利点といえるでしょう。決算説明資料の解説や会社説明資料の解説などを、行間を埋める形で行えるのがnoteのよさだと思います。
また、自社サービスのメリットや顧客のペインなど、決算説明資料ではあまり深く書けないところを詳細に説明するのもよいと思います。
そして、私が特によいと思っているのは「IRnoteマガジン」で、現在900名以上のフォロワーがいます。SNSを始めるときはフォロワーはゼロからのスタートですが、「IRnoteマガジン」に参加することで900名以上のフォロワーがいる状態からスタートできます。
SNSを始めるにあたって
重松:さて、SNSの活用は重要だと理解していても、始めるのは難しいと感じる方に、いくつかのアプローチをお話しします。まず、攻めの姿勢で行くなら個人アカウントの運用がよいでしょう。そのほうが個性が出て、ファンを増やすのに効果的です。
一方で、個人アカウントでは限られた情報発信しかできないと思いますので、個人的には、先ほど述べた「IRnoteマガジン」に参加しつつ、企業の公式Twitterを運用することを推奨します。これならリスクが少なく、既にフォロワーがいる状態から始められます。また企業公式Twitterであれば公私混同することなく、事実だけを低リスクで発信することが可能です。
ただし、Twitterであれば先ほどの「3大投資勉強会」の担当者などとコミュニケーションを取りやすいため、Twitterとnoteを併用するのが最善の方法だと考えます。以上、Twitterとnoteを活用したIRについてでした。
後藤:工夫次第でいろいろなことが可能になりますね。本日はもっとお二人のお話を伺いたかったのですが、これでセッションは終わりにしようと思います。ありがとうございました。
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監修者
広瀬好伸
株式会社Scale Cloud 代表取締役社長
プロフィール
京都大学経済学部卒、あずさ監査法⼈にてIPO準備や銀⾏監査に従事。
起業後、公認会計⼠・税理⼠として、上場企業役員、IPO、M&A、企業再⽣、社外CFOなどを通じて600社以上の事業に関わる。
公認会計士、 IPOコンサルタント、社外役員として計4度の上場を経験。
株式会社i-plug社外役員、株式会社NATTY SWANKY社外役員。
成長スピードの早い企業におけるKPIマネジメントやファイナンス、上場準備や上場後の予算管理精度の高度化といった経験を踏まえ、KPIのスペシャリストとして、日本初のKPIマネジメント特化SaaS「Scale Cloud」の開発・提供やコンサルティングに注力。
従来のマネジメント手法を飛躍的に進化させ、企業の事業拡大に貢献中。
講演実績
株式会社セールスフォース・ドットコム、株式会社ストライク、株式会社プロネクサス、株式会社i-plug、株式会社識学、株式会社ZUU、株式会社あしたのチーム、ジャフコグループ株式会社、トビラシステムズ株式会社、株式会社琉球アスティーダスポーツクラブなどの主催セミナー、日本スタートアップ支援協会などの経営者団体、HRカンファレンスなどのカンファレンス、関西フューチャーサミットなどのスタートアップイベントなどにおける講演やピッチも実績多数。
論文
特許
「組織の経営指標情報を、経営判断に関する項目に細分化し、項目同士の関連性を見つけて順位付けし、経営に重要な項目を見つけ出せる経営支援システム」(特許第6842627号)
アクセラレーションプログラム
OIH(大阪イノベーションハブ)を拠点として、有限責任監査法人トーマツ大阪事務所が運営するシードアクセラレーションプログラム「OSAP」採択。