ROICツリーはなぜ注目される?計算方法や分析方法を解説
2022.10.01
近年、日本の企業において企業価値を向上させるマネジメントが重視されており、特に注目されている指標にROIC(投下資本利益率)があります。
コロナ禍で経営状態が悪化している企業も多い中、企業価値を高めていくためには、課題を数値化し、分析・改善していくことが最大の解決策といえるでしょう。
この記事では、注目されている ROICツリーの概要や、ROICツリーのメリット・デメリット、計算方法や分析方法について解説していきます。また、実際に経営改善にROICツリーを活用している企業の事例も合わせて紹介するので、参考にしてみてください。
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ROICツリーとは
ROICツリーは、 財務指標の1つであるROICを細かく分解して可視化したものです。
そもそもROICとは、「Return on Invested Capital」の頭文字をとったもので、投下資本利益率とも呼ばれます。ROICの計算式は下記の通りです。
- ROIC=(営業利益 ×(1 – 実効税率))/(株主資本 + 有利子負債)
ROICは、売上高営業利益率や投下資本回転率のように、細かく構成要素に分解していくことができる点で優れた財務指標です。このROICを構成要素に分解して可視化したものがROICツリーになります。
ROEとの違い
ROEは 自己資本(株主資本)に対する当期純利益の割合で、計算式は下記の通りです。
- ROE = 当期純利益 / 自己資本 × 100
ROICとROEには、2つの違いがあります。
1つ目は、借入金を含めるか含めないかという点です。ROICは純資産と有利子負債を含めて計算しますが、ROEは借金の有無は除外して純資産のみを使って計算します。したがって、ROEは借入金を増やし、株主資本の比率を下げるなどの操作を行うことができてしまうのです。
2つ目は、経営者目線か投資家目線かという点です。ROICは借金によるレバレッジをかけることも含めて計算することから、企業が経営効率を最大化するために使う指標です。一方でROEは、あくまでも最終利益を重視する指標なので、投資家目線の指標といえます。
ROIとの違い
ROIとは投資利益率のことで、計算式は下記の通りです。
- ROI = 利益 / 投下資本 × 100
ROICとROIの違いは、その厳密さです。ROIが大まかな指標であるのに対し、ROICは利益・投下資本のいずれに関しても、ROIに比べてより明確に定義されています。
「利益」の点については、ROIは単純に営業利益額を計算に用いていますが、ROICでは営業利益に実効税率を掛け合わせた「税引き後営業利益」を用いているのです。
「投下資本」では、ROIは投資額を用いている一方で、ROICでは企業の純資産と借入金を合わせた金額を指します。
以上の点から、ROIは個別投資案件の収益性を示す指標であるのに対し、ROICは企業全体の収益性を示す指標であることが分かるでしょう。
ROICツリーが注目される理由
ROICツリーが注目される主な理由は、 経営陣と現場をつなげる指標だからです。経営陣が掲げる経営目標は現場社員にとって分かりにくく、具体的な対策がなかなか明確になりません。
しかし、ROICツリーはROICをどんどん要素分解して可視化することで、現場レベルまで落とし込むことが可能です。現場レベルでも分かりやすい要素に分解できれば、最上層が掲げた目標を具体的な解決策に結びつけられます。
これによって噛み砕いた指標の設定が可能になり、現場レベルからROICの数値を改善する取り組みを行えるようになるのです。
ROICツリーを作るメリットデメリット
企業が経営状態の評価や改善をするために採用する指標はさまざまですが、ROICは経営者目線の財務指標として、調達コストに合わせた収益力を正確に測れる優秀な指標です。さらに、ROICをROICツリーに分解することにより、企業の課題を分割し改善に役立てられます。ここでは、ROICおよびROICツリーのメリット・デメリットを詳しく解説していくので、参考にしてみてください。
メリット
先ほども少し解説しましたが、ROICツリーを作る最大のメリットは、経営の課題を現場レベルに落とし込むことにより、 企業全体で経営改善への取り組みを行えるという点です。
ROICは企業が事業活動に投じたコストをどれくらい効率的に営業利益につなげているかを測る指標で、経営者や投資家にとって重要な役割を果たします。ROICの数値を改善するためには経営判断だけでは不十分で、現場担当者の取り組みを積み重ねていくことが大切です。
しかし、ROICの数値は直感的に分かりにくく、現場レベルで改善していくにはどうすれば良いのかを共有しづらいという課題があります。
そこで、ROICの要素を分解し、現場レベルで意識できる指標まで落とし込めれば、普段は経営の数値を意識しない従業員まで、ROIC改善につながるKPIを意識できるようになります。
また、複数の事業を展開している場合は、それぞれの事業部門を公平に評価できる点もROICツリーを作るメリットです。ROICツリーはROICの構成要素を細かく分解し、特定の指標を改善するための指標を見つけられます。
デメリット
ROICツリーのデメリットというよりは、ROICのデメリットですが、 すべての業界や企業フェーズに有効な指標ではないという点がデメリットとして挙げられます。ROICでの評価が適した業界は、投下資本を使用して事業の拡大を行う企業です。
ROICを計算する上では、税引後営業利益と投下資本の数値を用います。しかし、サービス業など一部の業界では投下資本を使用せずに事業の拡大を行うため、ROICでの評価は参考になりません。
ROICが有効に働く企業フェーズには限りがあります。
企業の成長には成長期、安定成長期、安定期、衰退期の4つのフェーズがありますが、ROICが有効なのは安定成長期の中盤から安定期の期間に限られるのです。このように、評価できる業界やフェーズが限られていることがデメリットといえます。
ROICツリーの計算方法
ROICの計算式は下記の通りです。
- ROIC =(営業利益 ×(1 – 実効税率))/(有利子負債 + 株主資本)
分子の(営業利益 ×(1 – 実効税率))はNOPATとも呼ばれ、税引後の営業利益を指します。
実効税率とは、所得に対する法人税や地方法人税などの税負担率です。正確には本社の所在地や会社の資本金の額によって左右されますが、基本的には30%で計算されます。
分母の有利子負債と株主資本は、まとめて投下資本と呼ばれます。有利子負債は、銀行からの借入金などの利子がつく借金のことです。株主資本はその名の通り、株主からの出資額を指します。
ROICツリーの分析方法
ROICツリーはROICの要素を段階的に分解し、樹形図を作ることで課題を分割し取り組みやすくする狙いがあります。分解する要素は企業や事業ごとに異なりますが、ここでは一例を紹介するので、見ていきましょう。
まず、ROICを 売上高営業利益率と投下資本回転率という要素に分けます。
売上高営業利益率は売上原価率や販管費率など、売上原価率は材料費率、労務費率、製造経費率などに分けることが可能です。
一方で投下資本回転率は、運転資本回転率と固定資産回転率などに分けられます。運転資本回転率は棚卸資産回転率、売上債権回転率、仕入債務回転率に、固定資産回転率は有形固定資産回転率、無形固定資産回転率に分類可能です。
このように、細分化した要素を事業部門や部署ごとに落とし込み、それぞれの組織で目標値を達成するためにPDCAを実践します。これにより、企業全体でROICの向上に取り組めるのです。
ROICの数値を改善するためには
ROICの数値向上を目指すには、まずは先ほど解説したようにROICを大きく2つの要素、売上高営業利益率と投下資本回転率に分解していきましょう。そして、どちらの数値に問題があるのかを把握して、それぞれの対策を検討しましょう。ここでは、売上高営業利益率と投下資本回転率の改善方法について解説します。
売上高営業利益率を高める
売上高利益率とは、 売上高に対する営業利益の割合を表す指標です。営業利益は本業で得た利益のことで、営業利益が大きい場合は本業でうまく利益を創出できていると判断できます。
営業利益は売上高から売上原価と販管費を引いたものです。したがって、売上高営業利益率を売上原価と販管費に分解します。売上原価は、材料費や労務費、経費などに分解できるでしょう。販管費は商品やサービスの販売に際して発生する経費のことで、配送料や販売手数料、広告費などに分割可能です。
それぞれの項目について検討して改善することが、結果としてROICの改善につながります。
投下資本回転率を高める
投下資本回転率とは、 銀行や株主が投下した資金がどれだけ効率的に売上高を上げているかを測る指標です。
投下資本回転率は売上高の金額を投下資本の金額で割ることで求められます。投下資本とは有利子負債と株主資本の合計、つまり銀行からの借入金と株主が提供した資金ですが、その資金は企業を運用していく上で運転資本と固定資産に充てられます。
投下資本回転率を上げるためには、売上を大きくし、運転資本や固定資産の無駄を省略する必要があります。そのため、投下資本回転率を高めるためにはまず、投下資本回転率を運転資本回転日数と固定資産回転率に分解し、それぞれの数値を改善する策を検討してください。
投下資本は売上債権や棚卸資産、仕入債務に分解できます。売掛金の早期回収や在庫管理の適正化、仕入れ債務の支払いの長期化などにより、運転資本回転日数を向上させられます。
固定資産は、有形固定資産と無形固定資産に分類可能です。有形固定資産は建物や土地などの不動産や機械装置、車両など、無形固定資産はITソフトウェアや各種権利などが該当します。
業種によって固定資産回転率は異なりますが、同業他社や自社の過去の数値と比較して改善を目指してみてください。
企業が公開しているROICツリー
ROICを企業の経営目標に掲げ、改善を試みている企業もあります。ここでは、ROICツリーをどのように活用しているのかを企業ごとに詳しく見ていきましょう。
オムロン
ROICを活用した経営を行っていることで有名な企業がオムロンです。オムロンは一般消費者には健康医療機器メーカーとして知られていますが、制御機器事業や社会システム事業など複数の事業を展開しています。
オムロンでは、 特性の異なる複数の事業を公平に評価するための手段として、ROICを重要視しています。
ROICをただの数値として捉えるのではなく、ROICツリーを作成して分かりやすい指標に落とし込むことで、現場での改善活動に取り組みやすくしているのです。経営陣に限らず、全社的にROIC改善に注力できているのがオムロンの経営の特徴といえます。
では、オムロンはROICツリーをどのように活用しているのでしょうか。分かりやすく解説していきます。
逆ツリー
オムロンでは、 ROICをツリー状に分解し左右逆転した独自の逆ツリーを作って運用しています。ROICを各部門のKPIにまで分解して落とし込むことで、現場レベルからROICの数値を改善する取り組みを行うのが狙いです。
逆ツリーによって部門の担当者の目標とROIC向上の取り組みを連動させれば、ROICを向上させるためにトップダウンの命令を下すのではなく、現場レベルの取り組みが結果としてROICの向上につながるという業務改善サイクルを実現できます。
ポートフォリオ
オムロンでは、 全社を事業ごとに分解し、経済価値評価を行うポートフォリオマネジメントを行っています。
売上高成長率とROICの2つの軸で事業を評価し、成長期待領域、投資領域、収益構造改革領域、再成長検討領域に分類します。これにより、新規参入、事業撤退などの経営判断を迅速に行い、全社の価値向上に努めているのです。
また、市場成長率と市場シェアの2つの軸で市場価値評価を行い、最適な資源配分を行う取り組みも行っています。
まとめ
ROICツリーは、 経営指標を現場レベルから向上させていけるという点で有効な手法で、上場企業でも採用されています。経営課題を改善するには最適な手法であり、中小企業でも取り入れる価値のある経営分析方法です。
経営層からのメッセージを現場の社員まで具体的に伝えるのはそう簡単なことではありませんが、ROICツリーを活用すれば現場の社員でも自らの行動がどのように企業価値の向上につながるのかを理解できます。
企業にとって重要な利益向上に全社を上げて取り組むために、ROICツリーを導入してみてはいかがでしょうか。実際に忙しい中で、効率的にやってみる上ではツールも非常に効果的です。下記資料よりぜひご検討ください。
監修者
広瀬好伸
株式会社Scale Cloud 代表取締役社長
プロフィール
京都大学経済学部卒、あずさ監査法⼈にてIPO準備や銀⾏監査に従事。
起業後、公認会計⼠・税理⼠として、上場企業役員、IPO、M&A、企業再⽣、社外CFOなどを通じて600社以上の事業に関わる。
公認会計士、 IPOコンサルタント、社外役員として計4度の上場を経験。
株式会社i-plug社外役員、株式会社NATTY SWANKY社外役員。
成長スピードの早い企業におけるKPIマネジメントやファイナンス、上場準備や上場後の予算管理精度の高度化といった経験を踏まえ、KPIのスペシャリストとして、日本初のKPIマネジメント特化SaaS「Scale Cloud」の開発・提供やコンサルティングに注力。
従来のマネジメント手法を飛躍的に進化させ、企業の事業拡大に貢献中。
講演実績
株式会社セールスフォース・ドットコム、株式会社ストライク、株式会社プロネクサス、株式会社i-plug、株式会社識学、株式会社ZUU、株式会社あしたのチーム、ジャフコグループ株式会社、トビラシステムズ株式会社、株式会社琉球アスティーダスポーツクラブなどの主催セミナー、日本スタートアップ支援協会などの経営者団体、HRカンファレンスなどのカンファレンス、関西フューチャーサミットなどのスタートアップイベントなどにおける講演やピッチも実績多数。
論文
特許
「組織の経営指標情報を、経営判断に関する項目に細分化し、項目同士の関連性を見つけて順位付けし、経営に重要な項目を見つけ出せる経営支援システム」(特許第6842627号)
アクセラレーションプログラム
OIH(大阪イノベーションハブ)を拠点として、有限責任監査法人トーマツ大阪事務所が運営するシードアクセラレーションプログラム「OSAP」採択。