マルチプル法とは 計算式やメリット・デメリットを分かりやすく紹介
2022.05.13
企業を評価する際に活用されるマルチプル法。言葉を知っていても、詳しい意味や活用方法、プロセスを知らないという人は多いのではないでしょうか。
この記事ではそういった方々に向けて、マルチプル法について詳しく解説していきます。マルチプル法とは何か、メリットデメリット、計算方法などをまとめて紹介するので、ぜひ参考にしてみてください。実際の数字を用いた企業評価のシミュレーションも行っていくので、より具体的に理解できるでしょう。
マルチプル法とは
マルチプル法は企業価値を評価する手法の1つで、企業によっては類似企業比較法と呼ぶケースもあります。対象企業と類似する取引と財務数値などの倍率を元に株式価値を算出して、分析する手法です。上場している企業の財務数値が用いられるため、M&A事例の情報を入手するよりも、参考データを容易に入手できます。
同じように企業価値を評価する方法として類似取引比較法もありますが、マルチプル法は事業規模が小さい中小企業などでもよく見られる手法という点が異なります。
マルチプル法による価値評価対象は、企業価値と株式価値の2つです。まず、「企業価値」とは企業全体の価値として表される概念であり、負債価値もこれに含まれます。一方、株主に帰属する価値を「株式価値」とし、M&Aの取引価値の基礎となります。企業価値から株式価値を求める際には、「企業価値 – 負債価値」の計算式で算出するので、覚えておくと良いでしょう。
企業の価値評価は、マーケットアプローチ、インカムアプローチ、コストアプローチの3つの手法に大別されます。マルチプル法はマーケットアプローチの1種です。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、対象企業の取引価額を基準に算定する評価方法の1つです。株式市場やM&A市場で頻繁に用いられる手法として知っている方も多いでしょう。より簡単に説明すると、対象企業と同業他社で類似している買収事例や時価総額を参考・比較することで企業の価値を評価します。マーケットアプローチに分類される手法としては、類似取引比較法や類似企業比較法(マルチプル法)が代表的です。
類似取引比較法
株式市場とM&A市場、それぞれの類似取引比較法の意味を順に解説します。まず株式市場における類似取引比較法とは、対象企業と類似している上場企業の時価総額、事業価値や財務数値の倍率を元に価値を分析します。
一方のM&A市場では、実際に取引があった過去のM&A事例の株式価値や企業価値を元に各種倍率を算出し、これを用いて対象企業の株式価値を算出します。
非上場、事業規模の小さい企業では、そもそもM&A事例の情報を入手することが難しいため、実際に用いるのは上場している、大規模事業を展開している企業ばかりです。
インカムアプローチ
インカムアプローチは、対象企業の将来性を踏まえた上で、収益やキャッシュフローの予想(期待値)を指標として企業価値を評価、分析する手法です。インカムアプローチに分類される手法としては、DCF法、収益還元法、配当還元法が代表的でしょう。
インカムアプローチは、主観的視点で将来性を計るため、状況に応じて臨機応変に対応できる柔軟性があります。しかし、裏を返せば、主観的要素が邪魔をして客観的視点をなくすという意味合いでとらえられることもあります。メリットとデメリット、どちらが大きくなるか適切に判断して、他の手法と合わせて使い分けすることが非常に重要です。
DCF法
DCF法はDiscounted Cash Flowの頭文字を取った言葉であり、割引されたキャッシュフローと訳されます。インカムアプローチに分類される代表的手法の中でも、特にスタンダードな方法といえるでしょう。数値化された現在の価値を将来のキャッシュフローに変換し、これを元に企業価値を評価、分析します。DCF法では以下の計算式が用いられます。
企業価値 = FCF(フリーキャッシュフロー)÷ 割引率
FCFは債権者と株主に配当可能なキャッシュフローであり、より簡単な言葉で表すと、企業が自由に使えるお金です。
収益還元法
収益還元法は、対象企業が将来生み出すことが期待される収益を現在の価値に変換して企業評価、分析を行う手法です。企業価値は以下の計算式を用いて評価します。
企業価値 = 平均収益 ÷ 資本還元率
この方法は、現状安定的な収益を確保できていることを前提としているため、ベンチャーやスタートアップのように事業が不安定で、収益が頻繁に変動する場合は不向きな手法でしょう。
配当還元法
配当還元法は、対象企業で将来期待される配当金をベースに企業価値を算出、分析する手法になります。この手法で抑えておきたいのが、配当金は企業が実行する配当政策によって変化するということです。確定的な配当額ではないため、対象企業を正確に評価することが難しいでしょう。そのため、大企業の株式市場、M&A市場ではあまり用いられていません。
コストアプローチ
コストアプローチは対象企業の純資産をベースとして評価、分析する手法です。マーケットアプローチでは中小企業と同規模の事業を展開する上場企業はほとんどないため、比較対象を選定しづらい、過去のM&A事例の情報を収集することが困難といった理由で中小企業には不向きな企業評価手法でした。
また、インカムアプローチは対象企業の将来性を踏まえる必要があるため、こちらも将来の収益予想が難しい中小企業には不向きです。こういった理由で、コストアプローチは中小企業の株式市場、M&A市場で用いられるのが特徴的といえます。
マルチプル法が重要とされる理由
マルチプル法は、対象企業の株式の価値を推し量ることができるという点から、重要視されています。また、市場での取引環境が反映しやすい、客観性に長けているため不明確な企業評価につながる主観性の入る余地が少ないといったメリットも、重要視される理由として挙げられるでしょう。
マルチプル法のメリットデメリット
では、ここからはマルチプル法のメリットデメリットを具体的に見ていきましょう。
メリット
マルチプル法のメリットは、まず時価がついている上場企業と非上場企業の株式、M&Aを総体的に判断できることです。しかし、完璧に類似している企業や事例を見つけるのはなかなか難しいため、事業規模や財務状況といったように項目に絞って探すのが重要といえます。実際にマルチプル法で企業評価を行う際には、代表的な指数を元に判断します。これは後から詳しく説明しますが、他の評価方法より指標の算出が簡単です。また、客観性が高く主観が入る余地がないため正確な判断ができることもメリットといえるでしょう。
デメリット
メリットでも軽く触れましたが、対象企業と完璧に類似している企業や事業を見つけることはほぼ不可能です。そのため、事業規模によっては適用が難しいケースもあるでしょう。また、恣意的に類似企業を選定すると正しい評価ができなくなるため、注意が必要です。
マルチプル法を実行するプロセス
マルチプル法を実行する際のプロセスとしては、下記の3つが挙げられます。
- 類似上場会社を探す
- 倍率を計算する
- 企業価値や株主価値を算出する
それぞれ詳しく見ていきましょう。
類似上場企業を探す
まず、類似上場企業を探していきます。その際、アナリストレポートや四季報、インターネット検索を有効に活用することで、類似度の高い企業を見つけられるでしょう。企業を見つけたら、事業規模、内容、財務状況といった点に注目します。最初は10社程度を候補として挙げ、その後はより類似度の高い企業に絞ってマルチプル法で企業価値を算出しましょう。最終的に3~5社の企業を選定することで、企業価値の確度を高められます。
もし、類似度の低い企業を選定してしまった場合、M&Aなどの重要な意思決定を誤る可能性があるので注意してください。丁寧に検討していけば、こういった事態を回避できるはずです。
倍率を計算する
事業規模や参入している市場の特徴に応じて、ある程度適した倍率指標が提示されています。選定する倍率指標を見極め、評価時点で対象企業がどの指標に位置しているか正確に判断することが重要です。株式市場の倍率にばらつきがある場合は、売上や利益と相関性がある可能性があるので、しっかり確認するようにしてください。
企業価値や株主価値を算出する
最後に、企業価値や株主価値を算出します。評価を決定する際に、各倍率指標の中央値を取って安直に算出してしまうと正しい評価ができない可能性があります。こういった大雑把なやり方は避けたほうが良いでしょう。
マルチプル法の計算方法
では、実際にマルチプル法はどのように計算すれば良いのでしょうか。マルチプル法を用いた企業価値は、以下の式で算出できます。
対象企業の価値 = 評価対象企業のKPI × 倍率
「評価対象企業のKPI」というのは、重要業績評価指数を意味しています。倍率は「類似企業価値(株式価値)÷ 類似企業のKPI」で求めることが可能です。対象企業の価値を求める前に、まずは式で使う指標を算出しましょう。そこから、上記の式に当てはめて計算してみてください。
マルチプル法で用いられる代表的な指標
マルチプル法で用いられる代表的な指標としては、下記の4つが挙げられます。
- PER(株価収益率)
- PBR(株価純資産倍率)
- EV/EBITDA
- 売上高倍率
それぞれの計算式と特徴について見ていきましょう。
PER(株価収益率)
PERは、株価の割安・割高を判断する指標です。株価が割高であればPERは高く、割安であれば低くなり、投資家が最も重視する指標としても有名でしょう。PERは、以下の計算式で算出されます。
PER = 株式時価総額 ÷ 当期利益
PERを算出する際、当期利益は特別損益から直接的な影響を受けるため、倍率が歪む可能性があることを覚えておきましょう。
PBR(株価純資産倍率)
PBRは投資尺度を測る指標であり、1株当たり純資産の何倍の値段が付けられているかを見ることができます。PBRの算出方法は下記の通りです。
PBR = 株式時価総額 ÷ 純資産
株式市場から注目されやすい指標なので、PBRが大きいと市場からの注目度が高いと判断できます。
PSR(売上高倍率)
今後成長性が期待できるベンチャー、スタートアップや類似する収益構造に属する企業を評価する際に活用される指標です。売上高倍率は、以下の計算式で算出されます。
売上高倍率 = 企業価値 ÷ 売上高
PERやPBRなどと合わせてよく活用される指標です。
EV/EBITDA
M&Aを実施した際にコストを回収できるまでの期間を測定する指標であり、成長企業において先行投資が重要な時期に重視されます。EV/EBITDAは、以下の計算式で算出されます。
EV/EBITDA = 企業価値(EV) ÷ 利払前・税引前・売却前利益(EBITDA)
EV/EBITDAを算出する際には、企業価値を「時価総額 + 純有利子負債」の式で求めておく必要があります。
マルチプル法の重要指標を用いた具体的な算出事例
PERを使った算出事例(株主資本価値)
上記で設定した数値を元にPERを使って算出すると、下記のようになります。
A社の株主資本価値 = PER × A社の当純利益
PER = 株式時価総額 ÷ 当期純利益
= 70億円 ÷ 15億円
= 4.7
A社の株主資本価値 = 4.7 × 2,400万円
= 1億1,280万円
BPRを使った算出事例(株主資本価値)
一方、上記で設定した数値を元にBPRを使って算出すると、下記のようになります。
A社の株主資本価値 = PBR × A社の純資産
PBR = B社の株式時価総額 ÷ B社の純資産
= 70億円 ÷ 35億円
= 2
A社の株主資本価値 = 2 × 8,000万円
=1億6,000万円
マルチプル法で企業価値を把握したいという場合には、これらの例を参考に計算してみてください。
まとめ
ここまでマルチプル法について詳しく解説してきました。マルチプル法は客観性の高さや比較的安易な算出方法が特徴で、株式市場やM&A市場で活用されている指標です。企業価値を明確に数値化、分析することで、事業の立案や施策実行に役立つだけではなく、M&A交渉の際の強力な武器にもなるでしょう。
しかし、企業をさまざまな面から評価しようと思うと、マルチプル法だけでは難しいでしょう。企業を評価するための指標についてより詳しく知りたいという方は、下記の資料も参考にしてみてください。
関連記事
No posts found!
監修者
広瀬好伸
株式会社Scale Cloud 代表取締役社長
プロフィール
京都大学経済学部卒、あずさ監査法⼈にてIPO準備や銀⾏監査に従事。
起業後、公認会計⼠・税理⼠として、上場企業役員、IPO、M&A、企業再⽣、社外CFOなどを通じて600社以上の事業に関わる。
公認会計士、 IPOコンサルタント、社外役員として計4度の上場を経験。
株式会社i-plug社外役員、株式会社NATTY SWANKY社外役員。
成長スピードの早い企業におけるKPIマネジメントやファイナンス、上場準備や上場後の予算管理精度の高度化といった経験を踏まえ、KPIのスペシャリストとして、日本初のKPIマネジメント特化SaaS「Scale Cloud」の開発・提供やコンサルティングに注力。
従来のマネジメント手法を飛躍的に進化させ、企業の事業拡大に貢献中。
講演実績
株式会社セールスフォース・ドットコム、株式会社ストライク、株式会社プロネクサス、株式会社i-plug、株式会社識学、株式会社ZUU、株式会社あしたのチーム、ジャフコグループ株式会社、トビラシステムズ株式会社、株式会社琉球アスティーダスポーツクラブなどの主催セミナー、日本スタートアップ支援協会などの経営者団体、HRカンファレンスなどのカンファレンス、関西フューチャーサミットなどのスタートアップイベントなどにおける講演やピッチも実績多数。
論文
特許
「組織の経営指標情報を、経営判断に関する項目に細分化し、項目同士の関連性を見つけて順位付けし、経営に重要な項目を見つけ出せる経営支援システム」(特許第6842627号)
アクセラレーションプログラム
OIH(大阪イノベーションハブ)を拠点として、有限責任監査法人トーマツ大阪事務所が運営するシードアクセラレーションプログラム「OSAP」採択。