SaaSの主要KPIである「NRR」とは|計算式や改善方法を紹介
2022.10.05
SaaS事業を進めていく上で重要なKPIの1つとして、「NRR」が挙げられます。しかし、NRRとは何かが具体的に理解できていない、MRRやARRとの違いが分からないという人もいますよね。
この記事では、NRRとは何か、MRRやARRとの違い、計算式や改善方法などを詳しく解説していきます。NRRについて知っておきたいという人は、ぜひご覧ください。
また、SaaS事業はこのビジネスモデル特有の指標を数多くモニタリングする必要があります。KPIや経営数値の予実を管理をするにもエクセルでは煩雑になりやすい領域のため、そのような課題を解決するためにScale CloudではKPI管理プラットフォームをご提供しています。
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NRRとは
NRRは、Net Revenue Retention または Net Retention Rate の頭文字を取ったもので、「売上継続率」と呼ばれています。SaaSビジネスにおいて、繰り返し発生する収益( MRR )をどれくらい維持しながら拡大しているかを示すKPIです。つまり、既存顧客がSaaSサービスに支払っている金額の増減などを表します。
当月に新規獲得したMRRが、翌月や翌年にどれくらいのMRRになっているか( = 当月に新規獲得したMRRをどれくらい維持できているか)を予測できるKPIです。
MRRやARRとの違い
前項で少し解説しましたが、MRRは月次経常収益を表すKPIで、毎月繰り返し発生する収益を指します。SaaS事業に使われることが多い点や売上・収益に関する指標であるという点から混同されやすいですが、別の指標なので注意してください。
また、ARRはMRRに似た指標ですが、月次経常収益を表すMRRとは違って、年間の経常収益を表します。月単位での収益を得るSaaSビジネスではMRRを重要としている企業が多いですが、ARRも重要な指標なので、合わせてチェックしてみると良いです。
MRRについては、「SaaSの主要KPI【MRR】とは?概要や計算方法を分かりやすく解説」の記事で詳しく解説しているので、参考にしてみてください。
NRRがSaaSに必要とされる理由
NRRがSaaSビジネスにおいて重要な指標とされている理由としては、新規顧客獲得にコストや人材を割かなくても収益の成長が見込めるかどうかを判断できるという点が挙げられます。NRRを高水準で維持できていれば、価格相応のサービスを提供できているということになるので、既存顧客からの収益を維持し続けられるでしょう。
既存顧客の解約を防げれば、新規顧客に高いコストを払う必要がなくなります。新規顧客を獲得しても、同じだけの人数が解約してしまっていては意味がありませんから、企業として成長をしていくためには、顧客の維持が必須です。顧客維持や新規顧客への施策検討の際に役立つという点から、NRRが需要といえます。
NRRの計算式
NRRはMRRを元に計算します。まず、MRRの4つの種類から見ていきましょう。
- New MRR
その月に新規獲得した新規顧客から得られるMRR
- Expansion MRR
アップグレードなどによって前月よりも取引額が増えた既存顧客から得られるMRR
- Contraction MRR
ダウングレードなどによって前月よりも取引額が減った既存顧客から得られるMRR
- Churn MRR
その月にサービスを解約した既存顧客のMRR
これを踏まえた上で、NRRの計算式は次のようになります。
NRR(%) = ( 月初のMRR + Expansion MRR – Contraction MRR – Churn MRR ) ÷ 月初のMRR × 100
企業のNRRを計算したいという方は、この式に数値を当てはめて計算してみてください。
NRRの計算の具体例
上記で紹介した計算式を元に、実際に次のようなケースで計算してみましょう。
この場合、NRRは次のようになります。
NRR = ( 100 + 5 – 3 – 2 )÷ 100 × 100 = 105 %
注意点としてはNew MRRを入れないということです。
なお、このケースでは、月末のMRRは 110( = 100 + 10 + 5 – 3 – 2 )なので、NRR 105 %をかけると約 116 になります。つまり、新規顧客の獲得がなく( = New MRRがゼロ)、現状のままいったとすると、1年後のNRRの見通しは約 116 まで増加するという予測になります。
もう少し具体的に、次のようなケースで計算してみましょう。
ずは2月のNRRを計算してみます。2月のNRRを計算する上で対象となるのは、1月末に既存顧客であったA社とB社です。
A社とB社の1月末のMRRは 500 ( = 200 + 300)で、2月末のMRRは 510 ( = 220 + 290)なので、2月のNRRは下記のように計算できます。
NRR = 510 ÷ 500 × 100 = 102 %
先ほどまでの計算式と同じように計算すると、下記の表の通りになります。
2月のNRR = ( 500 + 20 – 10 – 0 )÷ 500 × 100 = 102 %
同じように3月と4月のNRRを計算すると、下記の通りです。
3月のNRR = ( 220 + 280 + 110 )÷ ( 220 + 290 + 100 )× 100 = 100 %
4月のNRR = ( 240 + 0 + 120 )÷ ( 220 + 280 + 110 )× 100 = 59 %
繰り返しになりますが、NRRの計算には、その月の新規獲得の顧客は含めません。
これを一般的な計算式で表現すると次のようになります。
NRR(%) = 比較時点と同じ顧客の当月末のMRR ÷ 比較時点のMRR
NRRは、一般的には月次または年次で求められることが多いですが、任意の期間でも計算可能です。
年次のNRRを求める場合は、下記の手順になります。
- 12ヶ月前の1ヶ月間で獲得した顧客を調べて、それらの顧客のMRR合計(☆1)を計算する。
- 直近1ヶ月のデータにアクセスして、12ヶ月前の顧客と一致する顧客データを調べる。
- 一致した顧客の直近1ヶ月のMRR合計(☆2)を計算する。
- ☆2を☆1で割ることで、年次のNRRを計算する。
NRRの目安
当月、新規に獲得した顧客のMRRが1,000万円だったとします。
NRRが150%の場合、新規の顧客を全く獲得できなかったとしても1年後のMRRは1,500万円になっていると予測できるでしょう。一方で、NRRが50%の場合、新規の顧客が全く獲得できなければ1年後のMRRは500万円になってしまうという予測になります。
通常、SaaSビジネスで新規の顧客を獲得するのは決して容易ではありません。かつ、顧客獲得コストも高くなりがちなので、既存顧客からの継続収入が重要な収益源になります。
NRR100%超を維持できていれば、安定したSaaSを提供していて、ダウングレードなどのContractionや解約よりもアップグレードなどのExpansionによるMRRの増加ペースの方が早いといえます。そのため、継続的な売上が見込めると予測できるでしょう。
また、成長率が高いSaaSほどこの数値が高くなる傾向にあり、安定した経営が行われているSaaS企業は、実際にNRRが100%以上になっていることが多いです。この成長率とNRRの関係性としては、両者は密接な相関関係にあり、NRRが1%改善すれば売上成長率も1%改善します。
逆に、NRRが100%を下回っている場合は、Contractionや解約などによって売上を落としているといえるのです。NRRが低ければ低いほど、売上の成長計画を達成するために、新規の売上を多く獲得しなければならなくなります。
この2つのグラフを見比べてみてください。
新規顧客獲得数が同じだとして、上のグラフがNRR120%の場合、下のグラフがNRR90%の場合の、それぞれの成長性を示しています。
上のグラフは各年度の新規獲得顧客からのMRRが順調に増加するとともに、それが毎年積み重なっていっているので美しくコホートが積み重なっていて、高い成長性が見て取れるでしょう。
一方で下のグラフは、毎年の新規顧客獲得はあるものの、各年度に獲得した新規顧客からのMRRが減少傾向にあるため、毎年の積み重ねも上のグラフほどにはならず、成長性においては上のグラフの半分以下になってしまっています。
これらの表によって、NRRの違いがSaaSの成長率に大きく影響することがお分かりいただけたでしょう。
また、このようなコホート分析をすることで、効率かつ健全にSaaSが成長しているかを判断できます。では、このNRRはどれくらいの数値を目標とすべきなのでしょうか。
一般的に、NRRは100%〜115%が適切とされています。
その根拠としていくつかデータを示していくので、参考にしてみてください。
このグラフは、NRRを公表しているアメリカの上場SaaS企業38社の一覧です。これら企業のNRRの中央値は117%となっており、Twilioが170%、Boxが130%、Zendeskは123%となっています。約半数の企業が110%を超えるNRRを達成しており、下位2社を除く全企業のNRRが100%以上です。
この統計データは、同じくアメリカで上場しているSaaS企業のNRR統計です。中央値は111%、平均値は112%となっています。いずれも若干古いデータにはなりますが参考にはなるでしょう。
NRRのベンチマークは、顧客セグメントごとに異なります。それを示したのがこのグラフです。SMBでは、約82%から105%のレンジで、中央値は約97%となっています。MidmarketとEnterpriseでは、約90%から110%のレンジで、中央値は約100%です。
中堅企業や大企業向けのSaaSであれば、組織の一部から使い始めて、その組織の中でどんどん広まっていって売上が上昇していく場合が多い傾向にあります。このようなケースではNRRは高くなりがちです。
一方、中小企業向けのSaaSの場合には、Expansionの余地がある程度限られてしまうので、NRRが 100%を超えるのは容易でないとされています。ただし、中小企業向けのSaaSでは、通常、新規獲得の余地が非常に大きいという特性もあります。
NRRの改善方法
NRRを高めるには、計算式を見れば明白です。
NRR(%) = ( 月初のMRR + Expansion MRR – Contraction MRR – Churn MRR ) ÷ 月初のMRR × 100
基本的には、既存顧客からの収益を拡大することが必要になりますが、この計算式に紐づけてもう少し分解すると次の2つになります。
- Expansion MRR(アップセルやアップグレードなど)を増やす
- Contraction MRR(ダウングレードなど)やChurn MRR(解約)を減らす
ここでは、それぞれの方法について見ていきましょう。
Expansion MRRを増やす
Expansion MRR(アップセルやアップグレード)を増やす方法としては、下記のような方法が挙げられるでしょう。
- プロダクトの機能追加
- サービス内容のブラッシュアップ
- アップセルの提案
もちろんこれ以外にもさまざまな方法がありますが、SaaSビジネスの場合、最終的にはカスタマーサクセスによる顧客満足度がポイントとなるでしょう。
NRRを改善するために、営業マンがアップセルやアップグレードのクロージングをして営業体制を強化するというケースがありますが、これは継続的な価値を生まない恐れがあります。
また、そもそもアップセルやアップグレードを行う際には、これらを可能にする料金設計にしておく必要があります。
例えば、単一プロダクトで料金プランも単一、ユーザーアカウント数やデータ利用量が増えしても料金が変わらないといった場合は、そもそもアップセルやアップグレードの余地がありません。
使用できる機能に差をつけてライトプラン、スタンダードプラン、エンタープライズプランなどの複数の料金プランを用意する、ユーザーアカウント数やデータ利用量が増えれば料金も増えるようなプランを用意するといった方法で、アップグレードやアップセルが可能になります。
Contraction MRRやChurn MRRを減らす
Contraction MRR(ダウングレードなど)やChurn MRR(解約)を減らす方法では、ヘルプページなどを導入して既存機能を使いこなしてもらう、サービス内の使われやすい機能と使われにくい機能などを見直して改善するなどの方法があります。その他にも、料金体系の見直しやカスタマーサクセス の強化などによって、Contraction MRRやChurn MRRを減らしている企業も少なくありません。
Contraction MRRやChurn MRRを減らす方法について、より詳しく知りたい方は、「SaaSの主要KPI【チャーンレート】とは?種類や目安を解説」の記事ををご覧ください。
まとめ
SaaS事業においては、繰り返し発生する収益( MRR )をどれくらい維持しながら拡大しているかを示す指標である、NRRが重要とされています。NRRを計算しておくことで、企業の成長性などを測るのが容易になるのです。
NRRの目安は100%〜115%で、数値を改善するためには、Expansion MRRを増やすか
Contraction MRRやChurn MRRを減らすのが有効とされています。
SaaS事業を運営する上でモニタリングすべきKPIや管理のコツなどは、ユーザベース社の運用を参考にされると良いでしょう。SaaSの雄であるユーザベース社にインタビューし、KPIマネジメントの秘訣をまとめた資料も作成しましたので、ユーザベース社のKPIマネジメントに興味がある方は、下記よりご覧いただけます。ぜひ参考にしてみてください。
監修者
広瀬好伸
株式会社Scale Cloud 代表取締役社長
プロフィール
京都大学経済学部卒、あずさ監査法⼈にてIPO準備や銀⾏監査に従事。
起業後、公認会計⼠・税理⼠として、上場企業役員、IPO、M&A、企業再⽣、社外CFOなどを通じて600社以上の事業に関わる。
公認会計士、 IPOコンサルタント、社外役員として計4度の上場を経験。
株式会社i-plug社外役員、株式会社NATTY SWANKY社外役員。
成長スピードの早い企業におけるKPIマネジメントやファイナンス、上場準備や上場後の予算管理精度の高度化といった経験を踏まえ、KPIのスペシャリストとして、日本初のKPIマネジメント特化SaaS「Scale Cloud」の開発・提供やコンサルティングに注力。
従来のマネジメント手法を飛躍的に進化させ、企業の事業拡大に貢献中。
講演実績
株式会社セールスフォース・ドットコム、株式会社ストライク、株式会社プロネクサス、株式会社i-plug、株式会社識学、株式会社ZUU、株式会社あしたのチーム、ジャフコグループ株式会社、トビラシステムズ株式会社、株式会社琉球アスティーダスポーツクラブなどの主催セミナー、日本スタートアップ支援協会などの経営者団体、HRカンファレンスなどのカンファレンス、関西フューチャーサミットなどのスタートアップイベントなどにおける講演やピッチも実績多数。
論文
特許
「組織の経営指標情報を、経営判断に関する項目に細分化し、項目同士の関連性を見つけて順位付けし、経営に重要な項目を見つけ出せる経営支援システム」(特許第6842627号)
アクセラレーションプログラム
OIH(大阪イノベーションハブ)を拠点として、有限責任監査法人トーマツ大阪事務所が運営するシードアクセラレーションプログラム「OSAP」採択。