40%ルールがSaaS企業の投資基準とされている理由を解説
2022.04.12
元々欧米企業で拡大していたSaaS型ビジネスが国内に浸透してから数年が経ちました。現在国内にはさまざまなSaaS企業が設立され、それぞれのサービスを展開しています。その中で急成長を遂げている企業は共通して、40%ルールという考えを元に経営戦略を立てる傾向があるようです。
この記事では、40%ルールとは何か、SaaSの特徴を踏まえた上で重要視される理由などを解説していきます。40%ルールを達成している国内企業がどのような成長を見せているのかなども紹介していくので、詳しく見ていきましょう。
SaaS企業を評価する40%ルールって何?
40%ルールはSaaS企業を評価する際に基準となる数値であり、以下の式で計算します。
売上成長率(%)+ 営業利益率(%)≧ 40(%)
企業の売上成長率と営業利益の合計が40%を超えると、40%ルールを達成していると評価されます。例えば、売上成長率が60%の場合、営業利益率は-20%まで許容範囲、売上成長率が20%の場合、営業利益は20%以上必要である、といった判断ができます。
売上が伸びている = 企業が成長しているということなので、営業利益率が低いからといって大きな心配はありません。しかし、売上成長率と営業利益率のどちらも低い場合は、売上高を向上させる、コストを削減して営業利益を伸ばすといった改善策を実施する必要があります。
国内では40%ルールを達成している事例が少ない、40%ルールの認識が海外と異なるといった背景から、まだまだ浸透には時間がかかる考え方です。今後さらにSaaSが拡大していけば、40%ルールを将来性や成長性の判断材料にする企業が増加することが予想されます。
売上高成長率とは
売上高成長率は、売上高の伸び率を数値化したものです。企業の成長や将来性を計るのはもちろん、従業員のモチベーションアップにもつながるでしょう。売上高成長率は以下の計算式で算出します。
売上成長率(%)=(当期の売上高-前期の売上高)/ 前期の売上高
計算は比較対象の期間を揃える必要があり、対象期間は知りたい情報によって変化します。
例えば、3月に最新の売上高成長率を知りたいときは、当期2月の売上高と前期2月の売上高を見ます。比較対象の期間が異なると、正しい売上高成長率を算出できないので注意しましょう。
売上高成長率の伸びを見ると、「顧客が増えた」「プロダクトを正しくアプローチできている」などのポジティブな印象を受けられるため、従業員のモチベーションを向上させる効果も期待できます。逆に低下している場合は、プロダクトを売り込む方向性を変えるなど、戦略を見直す必要があります。こまめに売上高成長率を把握していけば、営業やマーケティングの課題、プロダクトの改善点に素早く気付けるはずです。
営業利益率とは
営業利益は、売上高から原価やプロダクトを販売するまでにかかったコストを差し引いた数値、営業利益率は売上高に対する営業利益の割合を数値化したものです。より分かりやすい言葉で表すと、プロダクトの稼ぐ力を示す数値です。営業利益率は以下の計算式で算出します。
営業利益率(%) =(営業利益 / 売上高)× 100
営業利益率が高い = 資金が残っているということなので、安定した企業経営ができていると判断できます。
40%ルールが大切な指標とされているのはなぜ?
40%ルールは、SaaS型ビジネスに取り組む企業を評価する基準になると同時に、投資家が企業への投資を検討する判断材料にもなります。成長性が高いと見込まれれば莫大な金額の投資を受ける可能性もあるでしょう。
初期費用やサービスの開発、マーケティングなど、何かとコストがかさむSaaS企業にとって、投資家からの資金援助は必要不可欠です。こういった背景から、SaaS型ビジネスに取り組む企業にとって40%は大切な指標として認識されています。
SaaS企業が赤字になりやすい理由
ここまで40%ルールについて解説しましたが、実はSaaS企業は赤字になりやすいことで有名です。しかし、企業を立ち上げたばかりにかかった初期費用、プロダクト開発や提供までにかかったコストは、将来的に回収できる見込みが高いため、赤字を気にしているSaaSスタートアップ企業はあまり多くありません。
ここでは、SaaS企業が赤字になりやすい理由を見ていきます。
- 利益につながるまでに時間がかかるビジネスモデル
- 成長スピードを伸ばすことが優先
- マーケティングにコストがかかる
それぞれの理由について見ていきましょう。
利益につながるまでに時間がかかるビジネスモデル
SaaS型ビジネスの成功には、カスタマーサクセスの導入や継続的に利用されるサービスの開発、顧客の要望・ニーズに沿ったサービスへの改善にコストがかかります。
さらに、SaaSが提案する新しいサービスにユーザーを集めるためには、ある程度の期間を必要とします。コストを回収し利益が出るまでに時間がかかってしまうため、その間は赤字が続きます。
供給資源が豊富でベンチャー企業などから多額の資金を得やすいことがSaaSの特徴ですが、利益につながるまでに時間がかかることから、立ち上げ当初は赤字になりやすいのです。
成長スピードを伸ばすことが優先
SaaSでは、機能を強化しながらユーザーが利用し続けたいと感じるサービスを開発する必要があります。利益を優先した企業経営はSaaSビジネスの失敗につながるため、注意が必要です。サービスの成長スピードを伸ばすためにはある程度のコストがかかり、その間は赤字が続くことが想定されます。そういった理由から、赤字を取り戻すまでに時間がかかるのです。
マーケティングにコストがかかる
立ち上げたばかりのSaaSビジネスは、営業プロセスが未完成、サービスの周知度が低く新規顧客の集客が難しい、顧客の継続利用をうながす機能やサービスが不十分といったマーケティング課題が山積みです。しかし、これらを解決できなければビジネスの成長は見込めないでしょう。課題解決に伴って発生するコストが負担となり、赤字につながるのです。
日本で実際に40%ルールを満たしている企業
日本で実際に40%ルールを満たしているとされている企業は、主に下記の3つです。まだ数が多くないとはいえ、日本でもさまざまな企業がSaaSビジネスに手を出していますが、40%ルールを満たしているのはごく僅かといえます。では、これらの企業はどのようなサービスを展開しているのでしょうか。
- スマレジ
- ラクス
- マネーフォワード
ここでは、それぞれの企業に関する情報と40%ルールを満たした背景について詳しく解説していきます。
スマレジ
販売データの収集と活用、インターネットとICTを使ってクラウド・DX時代を牽引し、誰もが手軽に使える業務システムの新しい形の実現を目指す株式会社スマレジ。販売データ・プラットフォーム運営事業において、低価格・高性能なクラウドPOSレジ・システム「スマレジ」を開発、幅広い業種への導入を拡大しています。その他にも、クラウドソリューション事業、投資事業、クリエイティブ事業を展開し、さまざまなサービスを企業に提供しています。
スマレジは、売上成長率・営業利益率のいずれの数値も高水準で、特に営業利益率がSaaS企業の中でも頭一つ抜けた数値になっている傾向です。その背景には、「スマレジ」導入のメインターゲットを中規模企業に限定していることが関係していると考えられます。
大規模企業の場合、機能要件が高度かつ企業ごとに固有の要件を求め、それらに対応する工程や期間は相対的に大きくなります。また、「スマレジ」導入の検討開始から実際に導入するまでのリードタイムも長くなってしまうでしょう。
これらを総合すると、株式会社スマレジの人的ソースを効率的に活かせるのは中小企業だと判断できます。この考えはシステムの開発、営業コストなどを下げ、高い営業利益率につながっています。飲食、小売り、医療など幅広い業界で導入が進んだことで現在は10万店以上が「スマレジ」を導入し、それに伴って売上も向上しています。
ラクス
クラウドやITの技術で仕事の効率を上げ、労働人口減少やそれに伴う労働生産性の低下といった社会課題の一助になることを目指し、クラウド事業やIT人材事業を展開する株式会社ラクス。メインのクラウド事業では、企業の業務効率化・付加価値に貢献するさまざまなクラウドサービスを企画・開発・運用、企業への導入を促進しています。
スマレジも売上成長率、営業利益率ともに高い数値を維持しています。しかし、スマレジと比較すると営業利益が低いです。これは、過去最大の広告宣伝費を費やしたことが原因と考えられます。
ラクスのIRを見ると、2021年3月期Q1の宣伝広告費は1.98億円であることに対し、2022年3月期Q1は約4倍以上の8.07億円です。具体的な内訳は非公開ですが、テレビCMの公開が大部分を占めていることが想定されます。しかし、売上成長率はスマレジ同様に高水準です。営業利益率が低くても、売上成長率が高いことで40%ルールを達成しています。
マネーフォワード
お金と向き合い、可能性を広げることができるサービスを提供することにより、ユーザーの人生を飛躍的に豊かにし、より良い社会づくりに貢献することを目指して、お金に関するクラウドサービスやオウンドメディアの開発・運営を行う株式会社マネーフォワード。
マネーフォワードは、スマレジ、ラクスと比較すると売上成長率が非常に高い一方で、営業利益率はマイナスです。その結果、他2社よりも40%ルールの数値が低くなっています。人件費と広告宣伝費に多額の資金を投資し、事業規模拡大を図ったことが原因と考えられます。売上が伸びても、事業規模拡大に伴う費用拡大が営業利益のマイナスにつながっています。
海外と日本の40%ルールの認識の違い
記事冒頭で40%ルールが日本国内で浸透に時間がかかっている背景に、海外と日本の40%ルールの認識の違いがあると説明しました。では、具体的にどのような違いがあるのでしょうか。海外と日本には、それぞれ以下の考えがあるようです。
- 海外:40%ルールは創業6年ほどで推奨される
- 日本:40%ルール以外にさまざまな指標に注目する必要がある
それぞれの考えについて詳しく見ていきましょう。
海外では創業から6年ほどでルールの活用が推奨される
日本国内でSaaS企業が増えたといっても海外と比べるとその数はごく僅かです。海外では日本以上に多くのSaaS企業が競争しています。さらに、日本と比べてマーケティングコストやオフィスの賃料も高額です。企業設立当初はそういった利益がほとんどなく、基本コストが企業の負担になります。
こういった理由で、海外では創業6年ほど経過してから40%ルールを活用することが推奨されています。これは、「RedpointのTomaz Tunguz」が提唱している下記のグラフからも読み取れるでしょう。
日本ではさまざまな指標に注目する必要がある
さまざまなSaaS企業が台頭している海外と違い、日本国内でSaaS型ビジネスが浸透したのはここ数年の話です。40%ルールを満たした企業がどのような成長曲線を辿っているか、参考にできるサンプル数が非常に少ないため、海外のように創業6年ほど経過してから40%ルールを活用するのが良いと言い切ることができません。
有効性が定かではないものを参考にするのは企業にとって大きなリスクになるため、国内のSaaS企業が40%ルールのみを注視してしまうのは、あまりおすすめできません。企業や市場の状況に応じてどのように40%ルールを適用するか、慎重な判断が必要になるのです。
SaaS企業が40%ルール以外に注目すべき指標
国内のSaaS企業が40%ルール以外にも注目すべき指標はさまざまですが、その一つとしてユニットエコノミクスが挙げられます。ユニットエコノミクスとは、ユーザーやプロダクトなどのユニットごとに収益性や経済性を測る指標であり、下記の計算式で算出します。
ユニットエコノミクス = LTV(顧客生涯価値)/ CAC(顧客獲得までにかかったトータルコスト)
SaaSビジネスの多くはサブスクリプション型のサービスを提供しています。サブスクリプションは顧客が定額料金を支払うことでプロダクトを利用し、企業は継続的に安定した売上や利益を見込めることが大きなメリットです。ユニットエコノミクスを活用すれば、可視化したユーザーの収益性・将来性に応じて、集客コストの削減や資金の追加といった経営判断がしやすくなるでしょう。また、適正なユニットエコノミクスは、事業の健全性を証明します。見通しの立った将来性や成長性や投資家からの資金援助にもつながるでしょう。
まとめ
ここまで、SaaS企業が重要視する指標である40%ルールについて説明しました。国内で急成長しているSaaS企業は40%ルールを満たしている傾向にありますが、日本ではSaaSやサブスクリプションといった新しいビジネスモデル自体が成長途中であるため、40%ルールを過信しすぎるのは良くありません。
あくまでも成長性や将来性を示す指標の一つとして捉え、他の指標も重要なKPIとして設定する必要があるでしょう。SaaS企業にとって大切なKPIの指標をさらに詳しく知りたいという方は、下記の資料もご参照ください。
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監修者
広瀬好伸
株式会社Scale Cloud 代表取締役社長
プロフィール
京都大学経済学部卒、あずさ監査法⼈にてIPO準備や銀⾏監査に従事。
起業後、公認会計⼠・税理⼠として、上場企業役員、IPO、M&A、企業再⽣、社外CFOなどを通じて600社以上の事業に関わる。
公認会計士、 IPOコンサルタント、社外役員として計4度の上場を経験。
株式会社i-plug社外役員、株式会社NATTY SWANKY社外役員。
成長スピードの早い企業におけるKPIマネジメントやファイナンス、上場準備や上場後の予算管理精度の高度化といった経験を踏まえ、KPIのスペシャリストとして、日本初のKPIマネジメント特化SaaS「Scale Cloud」の開発・提供やコンサルティングに注力。
従来のマネジメント手法を飛躍的に進化させ、企業の事業拡大に貢献中。
講演実績
株式会社セールスフォース・ドットコム、株式会社ストライク、株式会社プロネクサス、株式会社i-plug、株式会社識学、株式会社ZUU、株式会社あしたのチーム、ジャフコグループ株式会社、トビラシステムズ株式会社、株式会社琉球アスティーダスポーツクラブなどの主催セミナー、日本スタートアップ支援協会などの経営者団体、HRカンファレンスなどのカンファレンス、関西フューチャーサミットなどのスタートアップイベントなどにおける講演やピッチも実績多数。
論文
特許
「組織の経営指標情報を、経営判断に関する項目に細分化し、項目同士の関連性を見つけて順位付けし、経営に重要な項目を見つけ出せる経営支援システム」(特許第6842627号)
アクセラレーションプログラム
OIH(大阪イノベーションハブ)を拠点として、有限責任監査法人トーマツ大阪事務所が運営するシードアクセラレーションプログラム「OSAP」採択。